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恋愛 / ラブ・ストーリー

オクターヴ上げて奏でる[6] きらきら星

   2018年1月10日  

 眠りにつくと、それは夢として描かれた。奏子さんが、……崇が、……僕は、その姿を見たことがない裸の二人が現れた。
 ぼやけて見えるが、二人は抱き合い、キスをしている。その二人の姿を、僕は黙って見ている。
 奏子さんと目が合うと、僕を見て笑っている。辺り一面に赤い色の霧が立ち込められて、二人はそれに包まれながら抱き合っている。
 ポルノ映画を見ているようだ。二人に対する感情が無い。崇が奏子さんの耳元に唇を寄せている。それには怒りも、悲しみも、悔しさもない。その姿を見ているのが、自分なのかも分からない。
 やがて赤い色の霧が二人の姿を隠すと、「悔しかったら、もう一度、殴ってみろよ。……」と、崇が囁く声が聞こえた。
 その台詞を聞くと、僕は夢の中から目を覚ました。目覚めれば、夢のことはぼやけてゆくが、そもそもの根源である悩ましは頭の中に残るままだった。

 学校へ行く気持ちには全くなれなかったが、頭の中に詰め込まれたものを無くすには、崇のことから片付けようと思った。
 もしかすると、今日は学校へ来ているかもしれない。とりあえず会ったら昨日の詫びを入れて、彼の話をちゃんと聞こうと思った。奏子さんのことは、それからだ。
 いつもより早い時間の電車に乗り、奏子さんのことは避けるようにした。会ったところで、他の男に抱かれた奏子さんを想像するだけ。そうすれば崇に会っても、場合によっては昨日の二の舞になってしまう。

 学校に着くと、いつもは校門の前で生徒達に「おはよう。」と、声掛けている校長の姿が今日は無かった。それに気が付いても何も違和感を覚えずに、下駄箱で靴を履き替え、ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターを諦めると、階段を上り教室へ向かう。
 いつもより少し早い時間に着いた教室には、既に大半の生徒が揃っているが、崇の姿は見当たらなかった。
 ここに崇がいないのであれば、今の僕には用のない場所。チャイムが鳴っても来ないのであれば、昨日のように彼を探しに行こうと思っていたら、教室の後ろで騒いでいる連中が僕を見つけて一斉に集まって来た。
「おい、彰、聞いたか?」
「何が?」
 そこにいる皆が同じ顔をしている。笑顔は家に忘れてきたのだろうか、皆が驚愕した表情で僕を見ている。

「崇、死んだってよ。……昨日の晩、殺されたんだって。……」

 聞いた途端に、頭の中が空になった。感情が必死になって言葉に見合った顔を探している。

 無い、無い。……無い、無い。使える気色が一つもない。
 人の死なんて向き合ったことのない僕が、驚き方を探している。そして何も見つからなかった心は、頭の中を真っ白に染める。
 
 崇と同じ軽音部の奴が、その経緯を話した。
 崇は軽音部のOBが経営しているライブハウスで、アルバイトをしていた。そこを手伝えば、自分たちもステージに上げてもらえるチャンスができるからだと。
 二週間前のこと、崇はそのライブハウスに出演しているバンドのギターを、誤って壊してしまったらしい。
 何十万円もするギターらしく、それを弁償しろと言われて金を取り立てられていたそうだ。
 それは崇が支払えるような額ではないので、他校生から恐喝することや、万引きしたCDやゲームソフトを売った金で払えるだけ渡していたが、毎日の取り立てに嫌気をさすと、ライブハウスの売り上げが仕舞われた金庫の鍵を探して、その金でギターの弁償金を払い済ませたそうだ。
 しかし金を盗んだことが知られて、昨晩OBの先輩に呼び出されると、そこで受けた過度な暴行により崇は死んだ。強打により内臓が破裂していたらしい。

 話を聞いた僕は、一人で悩みを抱えていた崇の心情を考えると、吐き気に襲われて教室を飛び出した。
 便所に駆け込むと、個室の鍵を閉めて便器を抱え込んだ。昨日からろくに何も食べていない体からは、吐き出すものなど何もないが、吐き気だけが止まらない。
 崇を殴った拳が感触を覚えていない。それは、僕が殴ったのが生きている崇ではなく、既に死んでいた体に思えて、吐き気が止まらない。
 彼を死に陥れた暴行の中に僕の拳も含まれたのかと思えば、この手を切り落としてしまいたいと思ってしまう。
 壁を殴りつけても拳は痛みを覚えることもなく、ただ物音を立てて、傷口から血を滲ませるだけ。
「おい!高山、大丈夫か!鍵をあけなさい。」
 扉の向こう側から横田先生の呼び声が聞こえると、頭の中は割れるような痛みを覚えた。
 僕が行き詰まっていた時に、校門をよじ登って笑顔を見せていた崇を思い出す。その笑顔が僕の心に激しい痛みを与えている。
 あの時の彼は悩んでいた僕に寄り添い、親身になって僕の話を聴いていた。
 しかし昨日の僕と言えば、彼の悩みになど耳を傾けず、感情の当てつけに彼を殴りつけた。
 崇はもがき苦しみ、遠のく意識の中で誰の顔を思い浮かべたのだろう。……それが仮に僕ならば、彼を死に追いやったのは暴力ではなく、非情な僕の心だ。……

 

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