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恋愛 / ラブ・ストーリー

君がいない世界なら、僕は生きていけない・6

   

 お台場のクリスマスイヴも賑わっていた。俺にとっては場所を変えただけだが、ここなら沙良を失うこともないだろうと思った。
 
 しかしまだ定刻前だった。時間が気になってしかたがない。何度も時計を見てしまう。

 まるで俺の嘘や不安な気持ちを見抜いているかのようにだ。

 しかし、時間が近づくにつれ、最初の場所での悲劇が俺の脳裏に浮かんでくる。

 その心配もあるが、俺には沙良に伝え渡すものがある。指輪とプロポーズだ。

 彼女が喜ぶ中、異様な空気が辺りに広がり、幸福を切り裂いた。

 それは、俺と沙良にも…

 

 お台場の商業施設に集まっている若い男女のカップルや家族連れといった人間模様は陽が沈んだというのに減るどころか増加していった。

 冬の寒気が吹き込みながらも厚手のコートを羽織っているおかげで震える人は一人もおらず、むしろ笑顔が携帯用使い捨てカイロの役目になって風邪を引くことを恐れずに、クリスマスイヴの今宵を楽しんでいる風景に、俺も賛同している一組となる。

「さっきから腕時計ばかり見ているね?」沙良は上目づかいで疑問を投げた。どこか不安そうな表情を浮かべていた。

「そ、そうかな…」

 少し頬がつりあがったが飛び跳ねるくらい核心をつくひと言に驚いてしまった。勘がいいのか、もしくはあと一手で俺の嘘が見破られるかもしれない。

「うん、なんかあるの?」

 沙良の疑問符はどうやら答えを求めている。予定を変えたことで彼女の中で俺のプランを読み取られていたのかもしれない。それはそれでかまわない。一生に残る大事なプロポーズを控えている。命を奪われることにくらべたらどうでもいい。このさき何十年と沙良の願いのすべてを叶えようじゃないか。

「いや、なんでもないよ。ほんとうに」俺はまたちらっと腕時計の時間を気にしていた。

 たしか、そろそろ彼女が殺された時間だ。

「ふーん、そう…」

 頬を膨らませている沙良は、それでも楽しそうにしているのが足取りでわかる。スキップするような闊歩はとても軽やかだった。

 20時00分。あと五分で例の場所で悲惨な射殺事件があった時刻になる。台場のでこではまったくその心配はない。

 沙良はこの寒いなか手袋をしていない。さっきまでずっとしていたが、はずしていた。

 ディナーを食べて夜景を観ながら俺は指輪をプレゼントした。グラスにシャンパンを注いで飲み終えたときに指輪が転がってでてくる。そんな危険な真似はしない。沙良のことだ。気づかずそのまま呑み込んでしまうかもしれない。

 クリスマスプレゼントといって手の中に小さな箱を取りだして彼女の目の前に蓋を開いた状態で見せた。きらきらと輝くダイヤモンドの指輪に彼女の目は丸くなった。これまでいろんな驚いた顔とではくらべものにならないくらいの衝撃を受けたようだ。

 満天の星空の下、彼女の瞳はさらに輝きを増していた。

 サプライズは成功した。そっと手をとり指輪を嵌めた。それからずっと左手の手袋だけをはずしていた。

 おかげで彼女はごきげんになり渋谷にいかない代わりの買い物をねだることもなかった。

 きらめく星の輝きが彼女の指輪をまぶしいくらい照らしていた。

『この指輪があったから渋谷行くのやめたんだね』と誤解してくれた。

 余計な出費もなく予定どおり話しは運んでいる。あと三分できみは幸福の道を歩めるんだよ。彼女にそういいたいが、そのまえにいわなければならない言葉があった。

「沙良」俺の呼びかけに顔をむけた。

「なに?」これ以上なにがあるの、そんな期待がこめられた、まばゆいばかりの瞳に俺の心臓が破裂しそうだった。

 渋谷は夕方くらいから粉雪が降りはじめている。お台場では粉雪どころか、いまだ満天の星空が広がっていた。

 海の真上のためかこのあたりは降るまでに時間がかかるのかもしれない。潮風が粉雪を浄化しているのだろう。

 俺はあえて7秒間の沈黙を保った。見つめるだけの時間だ。この躊躇うような時間は沙良も気づいたかもしれない。ささいな間だ。

 意味深な指輪のプレゼント。しかも俺は左薬指に嵌めてあげた。クリスマスプレゼント、と渡すときに言ったがほんらいプロポーズのタイミングはそのときに伝えるべき言葉だ。いまそれを待っている。

「結婚してくれるかな」

 俺の言葉をじっくりと聴き取り、待望の笑みを浮かべ嬉々とするその表情を忘れるわけがない。二度目の喜々とした表情を俺は見ることができた。タイムトラベルの最高の利点はこれにあったんだ。

 録画機器で撮影して何度も巻き戻しの再生をしなくても、温もりがあり眼前で見下ろせる一番の特等席で俺はその顔を独り占めできる。

「もちろんよ」沙良は一度目のときと同じ返答をくれた。

 二人は未来を誓いあった。抱きしめながら互いの温もりを感じながら一秒が大切な時間であると改めて実感した。崩壊の未来はない。

 俺は確実に幸福を得ていた。手を握り彼女と並んでゆっくりと歩く。

 周囲にはいまだにクリスマスイヴの夜を楽しんでいるカップルや家族連れが散らばるように歩いていた。

 このあとのプランはまったくなかった。適当でいい。乗り越えてしまえばそれでいいんだ。不幸の時間はまだ過ぎたわけではないがここは渋谷ではない。

 俺は安堵し喜悦していた。

 沙良は生き残った。

 

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