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恋愛 / ラブ・ストーリー

LOTUS 〜Plain Lovie〜

   2009年4月2日  

「だったらさぁ、みっちゃん」
「なあに?」
「今朝はとりあえず、兄ちゃんのお下がりでも使っとく?」
「えっ…………」
 稔の言葉に、瑞穂の鼓動が大きくはねる。
 ということは。
 大好きな兄は、素敵な恋まじないの秘められた中等部のリボンタイを、誰かにあげたわけでも捨てたわけでもなく、今もまだ持っているのだ。
「でも……いいの? 貸してもらっても」
 妹の胸中など知る由もなく、稔は機嫌良く次のタイヤに移った。
「もっちろん! だってさぁ、毎週月曜ってクラス委員会の朝会議だろ? 購買に行くヒマ、ないかもしれねぇじゃん?」
「あっ、そうだった……今日は朝会議の日なんだっけ」
「母さんが洗ってアイロンもかけてくれたから、そんなに汚くねぇと思うんだ。そうしたら、新しいのは昼休みにゆっくり買いに行けるじゃんか。なんだったら、兄ちゃんがつきあってやろっか?」
「いっ、いいわよ、そんなの」
 動揺を押し隠すようにスポンジを動かし続け、瑞穂は無言のまま洗車を終えた。「嘘」はいけないことなのだが、大好きな兄のリボンタイが手に入ると思うと、嬉しさが罪悪感を凌駕してしまう。
 とにかく今朝は兄のお下がりのリボンタイを結んで行って、あとで「ロッカーのなかにあったわ」と、自分のタイが見つかったことを報告すればいい。そして高等部に進級するときに、何か口実を見つけて、自分のリボンタイを兄に渡してしまえばいいのだ。
(これで、交換って言えるのかどうか、わからないけど)
 兄のことばかりいろいろと考えすぎたせいか、なんだかちょっと顔が熱い。クロスで水気をしっかり拭き取ると、瑞穂はやはり口数の少ないまま、洗車道具を片づけた。
 いわゆる子供の駄賃稼ぎなので、洗車は「シャンプー洗車」のみでオシマイである。それでも気がつけば、時計の針は、もう7時を指そうとしていた。

 やがて。
「みーっちゃん♪」
 いったん自室に戻り、彼女に良く似合うと言われる中等部の制服に着替えた瑞穂は、部屋のドアを開けた先に兄がいたのに気づいて、わけもなく顔を赤らめた。
「今日は兄ちゃんが、タイを結んでやっからな」
「そんな、いいわよ……自分でするから。貸して、そのタイ」
「いいから、いいからっ」
 やけに嬉しそうに笑うと、稔はぎこちない手つきで、瑞穂の胸もとに自分のお下がりのリボンタイを結んだ。何度もやり直し、6回目くらいでようやく納得の行くかたちになったのか、ニカッと笑う。そんな兄を見上げて、瑞穂は小声で「ありがとう」と告げた。
「お兄ちゃん」
「んー?」
「このタイ、予備として、しばらく借りておいてもいい?」
「おうっ、こんなのでよければ、みっちゃんにやる!」
「ありがと……お兄ちゃん」
 嬉しいのに、今度は嬉しすぎて胸が痛い。
 瑞穂はちょっぴり赤い顔のまま、いつものように「早く結んでくれ~」と待っている兄の黒ネクタイを、丁寧に丁寧に結んでやった。

 

《おわり》

 

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