自分のせいで、入院してしまったという櫻庭慧子の元へ向かう。閉鎖病棟と言われていた場所は、一般的な精神病院であり、さらには櫻庭慧子の様子も予想とは大きくかけ離れていた。
彼女と接触することにより、模造線路の謎は解けるのだろうか――。
それは、渡された資料とは別に、このファイルには何かが挟まれていたことを意味するのではないかと思った。考えすぎかもしれないが、このファイルには使い古された跡がほとんどない。最近買ったのだとすれば、僕にこれを渡すとき、いくつかの資料を抜きとったと考えるべきだ。
僕の春菜さんへの不信感は募っていく一方だった。それでも、彼女の『思い出してほしい』という願いに応じた自分を後悔することはない。それは、不信感以上に謎の説得力を持っている。決して、春菜さんに対する防衛本能ではない。
それらのことは、どうにも言語化しづらかった。自分の感情を分析することには慣れている――というか、それはもはや日常でもあるのだけど、このときばかりは、それをすることを自分で拒否した。
「はぁ……」
大きく息を吐き、僕はもう一度資料に目を向ける。
「櫻庭慧子」
資料に記載されている女の子2人のうち、まず気になったのは彼女だ。
備考欄に『閉鎖病棟に入院中』と書かれていたからである。閉鎖病棟という単語には、『死』を感じさせる何かがある。
心が死んでいる――。
そんなところに、シンパシーなんてものを感じてしまったのだろうか。
僕の心は死んでいるわけではない。生きることを面倒だと感じているだけで、わずかではあっても脈打っている。
「会いに行ってみるか……」
考えることに少し疲れた僕は、やけに行動的だった。いつもより、判断を下すまでの時間が短い。
僕は春菜さんに、櫻庭慧子に会いに行く旨をメールで知らせた。
返信は『うん、わかった』と、その一言だけだった。
メールの確認を終えた僕は、春菜さんへの質問事項をまとめたメモ用紙をポケットに入れ、家を出た。彼女に直接疑問をぶつけるより、資料に記された人たちに先回りして聞いておこうと思ったのだ。