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風刺 / ユーモア

ポスティング・ポスト(前)

   

簡単なプラスチック製品を作る工場の技術部長である野口は、佐野社長の愚痴を聞き続けるハメに陥っていた。人手不足という世間の風潮とは関係なく、技術の波にも遅れ、佐野先進樹脂の将来は明るくはない。
しかし、野口がこの道二十年の熟練で、売れ残り製品をバルク(傷を付けること)をしていたところ、突然奇妙な発注が入ってきた。

郵便ポストをプラスチック製にしたような代物を仕上げてくれというものだった。

難しい仕事ではなかったが、その依頼者はかつてワルの道を進み、賭場を開いたことで塀の中にいたはずの野口の悪友、西崎であり、経営的にも断れる話でもなく……

 

「まったくよう、大手連中は薄情だよ。今更になって契約先変えてきやがるんだもんなあ」
 とある地方都市の郊外に存在する小さな工場に、酒焼けしたような初老男性の声が響き渡る。
「佐野先進樹脂株式会社」と記された表札はくすみ、気の利いた事務職員が辞めてしまったため、事務所から工場までの短い道にもホコリがうっすらと積もっている。
 つまり、普通の社員の行き来だけでは、ホコリが散らないほどに「閑静」になってしまっているということだ。
「薄情つったらよう、銀行もダメだな、本当に。十億とは言わねえ、三億、いや二億でもポンと出してくれりゃあ、しょっぱいこいつらを刷新してよ、ハイパー・プラとか汎用タフ・アクリルとかやれる機械だって導入できるんだ。そうすりゃあ、官公庁だって黙っちゃいねえし、銀行のオフィスだって直してやれるかも知れねえんだ、なあ、そう思うだろ」
「そっすね」
 今年で四十歳になる野口は、二十三歳年上の社長の愚痴を簡単に聞き流し作業を続けていた。
 キリのない話を聞いていても仕事が終わるわけでもないし、普段通り社長に気遣う態度を取る必要はない。何故なら今日は日曜日で、他の社員は一切出ていない。
「なあ、お前もたまには飲めよ。誰も見てねえんだから」
「いえ、遠慮しますよ。商品の仕上がりに影響しますからね。買い手の業者さんも、ひいてはそこのお客さんも見ているわけで」
「ちっ、真面目なこった。そんなに真面目だったら、学校でも通ってくりゃあいいぜ。今からでもよ」
 憎まれ口を叩く社長にバレないよう、野口は小さくため息をついた。
 彼直々の頼みで休日にも関わらず働いているのに、この返しはあんまりである。
 ただその一方、佐野が悪態をつくのにも同情はしていた。
 質は「ほどほど」でコストを安く、顧客からの無茶な要求や下請けいじめにも耐えて納期を守ることで何とかやってきた「替えのきく企業」とは言え、わざわざ「質を落とす」仕事をするのは、本音では耐えがたい部分がある。
「まずは作業を進めませんと。通信制の学校ったって、学費はバカになりませんからね」
「ふん、気楽なもんだな、社員ってやつは。借金しないで金が貯まるだけなんだからな」
 実際、作業台に座り、梱包まで済んでいたプラ製の玩具を取り出して、きっちり五ミリほどのひっかき傷をドライバーでつけている野口は、佐野の憎まれ口が気にならないほど心が死につつあった。どうしてこんなことをしているのかというと、「勘ぐられないように」するためだった。
 問屋からダメを出された玩具だが、業界通達があった今、堂々とリサイクルショップや中古品店に「裏流し」していることがバレるのは芳しくないし、美品過ぎても「蹴られた品」ということが丸分かりだ。
 だからこうやって使用感を適当に出し、違和感をなくしていく必要があるのである。
 特にある種共犯的な今回の取引先の中古店は、そうしたことを異様に気にするので、一手間は欠かせない。
 ここまでしても納入単価で三十円にしかならない仕事だが、捌き切れれば臨時収入になるし、無駄な在庫を抱えて倉庫も空けられない。
 だからやる必要があるのだが、とは言っても表沙汰にもできないわけで、内情を知るベテランがやる必要があるのである。
 特に野口は「火消し役」を四半世紀も続けているプロである。
 野口は、無駄金を一銭も使いたくない性格だった。
 だから、学歴を気にすることもなかったし、実家を出た後も部屋は極力借りなかった。
 高校時代から住み込みのバイトや建築現場などに入り、仕事が終わればまた別のところにという日常の中、佐野先進樹脂にたどり着いた。
 当時四十名近くの社員を抱えていた工場、無菌性を気にする現場でもなく、リュックと寝袋を持ち込んで生活を送っていても見咎められることはなかったし、どこでも寝られるし決して疲れを溜めない野口の体質は、佐野の要求にも合致していた。
 急な発注や仕様ミス、仕事に関するあらゆる種類のトラブルが生じた瞬間に、常に工場にいる野口が対処する。
 深夜の三時からの作業でも、四十八時間連続の仕事でも決して音を上げない。
 佐野先進樹脂は労基法に「片目をつぶり続ける」ようなブラック系企業だったが、それでもハード極まる野口の仕事を評価しないわけにはいかず、ほどなく彼は社内でも一番の高給取りになり、入社十年目には「技術部長」の肩書きを手にした。
 あらゆる作業工程で野口以上の仕事をする人間はいたが、彼が部長であることに異論を挟む者はいなかった。
 極力部下に小言を言わない野口を尊敬する者も少なくなかった。
 もっとも、信頼できる上司がいようと、それだけで社員の心は掴めない。今となっては随分とクラシカルな機械、多分に効率が悪い仕事に安い給料、ワンマンで冴えない社長……、転職するには十分過ぎる材料が揃っていた。
 発注先としても、今時汎用系プラスチックしか扱えないメーカーには用はない。
 近頃は、使い捨てのトレイや食器にも、強化プラスチック並みの丈夫さが求められているぐらいなのである。

 

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ポスティング・ポスト 第1話第2話

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