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現代ドラマ

昭和の事件 第二話 人間蒸発

   

今回は出稼ぎに伴う悲劇、「人間蒸発」です。

原因は都会と地方の生活格差など様々ですが、残された家族は大変です。

実話も交えたお話しです。どうぞお読みください。

 

 
出稼ぎにまつわること
 

昭和30年代(1955年)から昭和40年代(1974年)にかけて、東京都内の各地に、冬場になると、雪で農作業などの仕事ができない東北地方や北陸・信越地方から男たちが出稼ぎにやってきました。

彼らの多くは土木作業に従事し、建設会社が用意した作業員宿舎、通称「飯場」に住んでいました。

「作業員宿舎」といえば聞こえはいいですが、トタン屋根に板張りの壁のプレハブ住宅、夏は暑くてもエアコンなどなく、涼を取るのは、扇風機かウチワのみ、冬は凍える程に寒い、石油ストーブがあればいい方、中には火鉢しかないものもありました。

でも、冬場に確実に現金収入が得られるのは、これしかありません。

ほとんどの人は歯を喰いしばって頑張り、そこで受け取った給料を故郷で待つ家族に送り、春になるとお土産を持って帰っていきました。

しかし、現在とは違い、当時は東京や大阪などの都会と地方では格差がとても大きかったのです。

例えば、今は、テレビやインターネットなどで日本全国にリアルタイムでニュースが伝わりますが、当時はインターネットはおろか、テレビも全家庭に普及している訳ではありません。唯一の情報源は新聞とラジオですが、その情報源ですら、都会と地方では半日、あるいは1日遅れとなることも珍しくありませんでした。

しかも、テレビがあっても、都会ではNHK2局の他、4、5局の民放が見れますが、地方ではNHK2局以外は地元局1局だけです。

それに都会では、町を歩けば、華やかな服を着飾って歩く人々、ネオン街など。地方では県庁所在地でもそのようなところは少ない。

だから、これらを一度経験してしまうと、故郷に帰るのが嫌になり、「人間蒸発」と言われるように、そのまま都会のどこかに姿を暗ましてしまう男もいました。

故郷に残された家族は、主を探しに東京に出て来ることありましたが、容易に上京できる訳でもありません。いつかは必ず帰って来るだろうと待っていた方もありました。

いづれにしても、家族は元に戻らない。出稼ぎには、そんな悲劇も少なくありませんでした。

 

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