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ハードボイルド

前園珠里探偵物語 悪魔の子②

   

 
 社長の言うとおり、覗き小屋にアフマドはいた。ただ、げっそりと痩せていた。くわえたタバコが小刻みに揺れている。アフマドが震えているのだ。
「よお、クソ男。元気そうじゃねえか」
 支配人にとおされたどぎついピンク色の覗き部屋のひとつで、珠里は軽口を叩きながらつぶさにアフマドを観察した。
(痩せ方が普通じゃない。病気か?)
「ガンです。薬をもらう金もない。保険金をかけられてるから、死んだ方がいいでしょう」
 視線に気づいたアフマドは、それでも笑って見せた。
「ここの人はよくしてくれる。ショーに出さずに、掃除夫として雇ってくれました」
「息子のノゾミのことなんだけど。あんた、手紙書いただろ」
「ああ、ノゾミね……ノゾミ……」
 ぶつぶつと言うと、ふいに止まってしまった。タバコの先から灰が落ちる。珠里はその様子を一部始終見守った。
「なんかやばい薬でもやってんのか?」
「……ノゾミは元気でやってますか?」
「本当にあんたの子か? 妙にオツムの回転がいいけど」
「ええ、あれはマコトとの子です……マコトは俺から逃げるために風俗に行ってそれっきりで……」 
 それっきり震えが激しくなったので、珠里は切り上げた。
 席を立つと支配人がぜひ、新しいショーを見ていってくれという。とたん嫌な顔をした珠里に、支配人は慌てて手を振った。
「占いなんですよ、占い。その占い師がなんでもユダヤ人の血を引いてて、ダウジングが得意なんです」
「ユダヤ人とダウジングにどんな関係があるんだよ」
 嫌々ついていくと、前を行く支配人は、「ダウジングはユダヤ人が発案したんですよ」と嘘か本当かわからないことを言った。
 さして広くはない覗き小屋の一角、ピンクの照明が途切れる場所に占い師はいた。マントをまとい、フードを深くかむっているため、姿形はまったく見えない。水晶がついた糸を持つ手も黒い手袋に覆われていた。
 珠里が座るか座らないかのうちに、振り子がブンと左に振れ、少し円を描いた。水晶の下には人串刺しにされる人間の絵が置かれている。
「出たわ。災厄があなたを待っている。十分気をつけて」
「右の絵は? ガイコツっぽいけど」
「今回はあなたは死なない。それだけ」
「つまんねえショーだな。替えた方がいいぞ」
 支配人を振り仰いで言うと、急に襟首を捕まれ、顔をぐっと寄せられた。赤い唇がもぞもぞとうごめく。薄荷の匂いが鼻をついた。
「もう一つ。信用する人間を間違えないで」
「ご忠告どーも」
 唾を吐きかけ、押しのけた。占い師は口の端についたそれをぬぐうこともせず、もう珠里には関心がないようにダウジングに戻った。
「ありゃなにを占ってるんだ?」
 へこへこ謝ってきた支配人に尋ねると、「なんでも今日死ぬ人間を占ってるらしいですよ。アフマドの寿命が今日までとか言ってましたね」なんでもないことにように言った。
「当たるかどうか見てやるよ」
 せせら笑った。当たるとはとうてい思えなかった。
 支配人に金を払い、やっぱり勧誘され、覗き小屋をあとにする。表のゴミを集めているアフマドの背を叩こうとすると、ぐらりと揺れて道路に倒れた。数秒痙攣する。そのまま目を見開き、ぴたりと動きを止めた。見送っていた支配人が飛び出してきて律儀に救急車を呼ぶ。アフマドは心肺停止で運ばれていった。
 一連の流れを片時も目を離さず見ていた珠里は、「当たんのか」とだけ呟いた。
 

 

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前園珠里探偵物語 悪魔の子 第1話第2話第3話

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