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風刺 / ユーモア

手本にさせたい人たち

   

 夢のような時間はあっという間に過ぎ、三年後、樋口は日本に戻ることになった。
 スペースを伴って、である。前回の来訪の時はUFOの故障でダメになってしまったので、改めて方々を観光したいという気があったのだ。二人は樋口たちがかつて練習に使っていた、放棄されたグラウンド跡に降りて、街中に向かうことにした。
 宇宙人の姿を人間に偽装したり、人の目からUFOを隠しても「実体」を消滅させることができないため、できるだけ人気が少なく面積が広い場所を選んだ形だが、街の中心部に近付くにつれ、どうも様子が妙なことが分かってきた。
 かなりの大都市圏の中心で、本来かなりの密集地のはずがやたらと空になったテナントやシャッターの降りた店舗が目立つ。そもそも人の姿自体が少なく、いても活気がない感じである。皆表情にどこか影があり、とてもすぐ近くの球場や歓楽街にいこうという雰囲気ではない。
「こ、これはどうしたことだ。映画のロケ、じゃあないですよね」
「違いますね。演技でしたら我々は見破れますから……」
 樋口とスペースも困惑を禁じ得なかったが、彼らがブラブラと街を歩き、野球場に近付いていったところで、目の前のターミナルに数台のバスが停まった。
 すると、街を歩いていた人々や、建物の中にいた人たちがどっと大挙してバスに乗り込み始める。
「落ち着いて下さいっ。仕事はまだありますし、案内所も七時までやっていますから。今日は登録と研修だけです、早いもの勝ちということもありません……!!」
 職員と見られる若い男性がメガホン片手に声を張り上げるが、街を行き交っていた人たちはぞろぞろとバスに、敷き詰められるような密度で入り込んでいく。
 強化アクリルの窓が軋むのが遠目でも分かるほどの満載度だが、文句を言う者は誰もおらず、帰ろうとする者もいない。
「へっ、相変わらず精が出るな。工場が潰れたんだから、少しぐらいゆっくりしてりゃあいいのによ」
 樋口のすぐ後ろで声がした。振り向いてみると声の主は野球のユニフォームのレプリカを着込んでいた。かなり年季が入っているが、紛れもなく、三年前保科が入ったのと同じ球団のものだった。樋口たちは反射的に彼に近付いて声をかけていた。
「どっ、どうしたのでしょうか? 彼らは……」
「どうしたって、変なことを聞くんだな、あんたは。求職者だよ。どうもネットの情報だと、今日付けで南口の工場が閉鎖されたらしいからな。つまり二百人からの従業員が職にあぶれたってことになる。北口にあるダンボール工場にでも入るんだろう。無駄しかないがな」
「無駄、とは?」
 その男性の声があまりにも憎々しい調子だったので、樋口は聞き直した。すると彼は、怒りとも悲しみともつかないような表情になって続けた。
「だってよ、そうじゃねえか! 今や誰も買わねえんだっ、ゲームだとかアクセサリーだとかはっ。んなもんを作り続けるのに一日使うのが、無駄じゃなくって何なんだってことだよ。会社が潰れりゃあ一年貰える失業保険を一日も貰わねえで、無駄と分かってることに労力を傾けるんだ。もう、何が何だかよう」
 男性の口から酒の匂いがしたため樋口が改めて周囲を見やると、かつての記憶にあったほとんどの居酒屋やバーが消滅してしまっている。
 タバコやアルコールの自販機も同様だ。いずれも使ったことはないとは言え、たったの三年でこの変わりようは、明らかに普通ではなかった。
「見てみろよ、ほら。この街だってそうだ。誰も来ねえんだから、店を閉めるっきゃないんだよ。カネがないわけじゃないだろうし、スギウラ金属なんかは特に優良だが、誰も遊ぶってことを考えねえんだ。まあ、当のスギウラにしてももはや危ういがな」
「杉浦君の会社もまずいんですか? やはり、野球に注力しているから」
 樋口の言葉に、その酔っている男性は少し驚いたような表情を見せた。しかしその毒と皮肉がこもった口調は変わらなかった。
「なんだ、あんたスギウラさんとこと知り合いかい。だったら言っといてくれ。仕事もクラブ活動も結構だが、その前に社員の意識を変えてくれってな」
「どっ、どういうことでしょう……?」
「そのまんまの意味だよ。午前九時から仕事始めて、午後五時の定時でピッタリと辞めて、そこから三時間以上のクラブ活動で、終わったら帰って寝るだけ。健全かつ健康的だが、どこで遊ぶんだって話になるわけよ。硬式・軟式・準硬式にソフトボール、ティーバッティング同好会や女子部まで入れて、野球関連だけで三百人の大所帯ってのも結構だが、それはつまり、この界隈だけで三百人もの社員が、アフターファイブに一切遊びをやらなくなるわけでな。帰ったらすぐに寝るもんだから」
 スペースは露骨過ぎるほど「しまった」という意思を顔に出した。
 しかもそれは杉浦の会社に限ったことでもないらしく、愚痴を続ける男性は、最近では同じ会社の中でも飲み会ができなくなったと漏らしている。
 となれば当然店は閉めねばならず、店をやれない以上仕事がなくなった店主や従業員たちは他に就業する。しかし、街行く人を見ていても、賑やかな雰囲気はない。
 何かの仕事のために早足な人はいても、徐々に人が増えているというのに、雑誌や携帯端末を眺めている人は皆無であり、飲食を楽しむ人もいない。もちろん、商店も商売あがったりらしく、数軒あるコンビニには客の姿はなかった。

 

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