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風刺 / ユーモア

有名人どっと込む

   

「それでは、藤原君の主任昇格を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
 支店有志の威勢の良い掛け声とともに、いくつものグラスが衝突する。
 行きつけの居酒屋だが、彼ら以外の客はいない。まだ午後二時であり、本来なら働いている時間だが、有給を取ったのである。
 支店の藤原がついに、融資額ナンバーワンを成し遂げたという快挙を考えると、彼らの対応も非常識ではなかった。
 何故ならこの功績は支店全体に反映されるからである。
 藤原のようにいきなり平から主任は無理でも、ボーナスや給料には大いに反映されるし、今後の出世を左右するポイントが加算されることにもなる。
 この攻めっ気の強さこそが、彼らの銀行を有名にしていた。
「ありがとうございます、支店長。先輩の口添えがあったからこそ、あの稟議が通ったんです」
「ははは、何を言うか。お前の熱意のおかげってやつだよ、藤原。一週間も頼み込み続けたんだからな」
 その決め手は、業務途中に駆けつけてくれた支店長が、「オカウエ精密機器」の融資を熱心に口添えしてくれたことだった。
 支店長ポストを賭けるとまで言った彼の思いの強さが本部の役員たちを動かしたが、既に十億円からの負債を抱えるオカウエ側に、さらに二億円もの追加融資というプランを描いた藤原たちには、明確な「勝算」があった。
 酒か趣味か、根拠は不明ながら、やたらと親密な「有名人」たちである。
 口が軽く見栄っ張りな丘上社長のこと、二億もの追加融資があれば、その事実を著名人たちに得意げに吹聴するだろう。
 すると、たっぷりと資産はあるが預け先が定まらない人たちは、「人情貸し」をしてくれる銀行だと判断し、太いパイプを作るために大金を預けにかかるはずだ。
 つまり、銀行の懐にお金が入ってくる計算になる。もっとも実際はそういうことはないのだが、「想像」させるだけでもおいしい結果は得られるというわけだ。
「ま、悪感情を持たれないように、丘上社長への対処は頼むぞ。藤原、担当者として日参も辞さない、ぐらいの気持ちでいくんだぞ、主任になったんだから」
「心得ております、支店長! ふふ、僕もあの会社と同様、どんどん大きくなってやりますよ。どんどんね!」
 本来なら仕事をしている時間に酒を飲んでいるという状況が、藤原の気を大きくさせていた。
 しかし、場に水を差すように、支店長の電話が鳴った。仕事用の携帯なので無視するわけにもいかず、彼は渋面を作って電話を耳に当てた。
「何だ、木田君。店にいる間はかけてくるなと言っておいたはずだが……。ああ、確かに、そうだが。……ぬうう、そ、それは本当かっ、本当なんだな……!」
 軽い不機嫌から驚きと怒りの感情へと顔色を変化させた支店長の様子は、明らかに常のものではなかった。
 一体何だと思っているうちに、支店長は電話を切り、ビシリと藤原に告げた。
「おいっ、藤原っ! オカウエさんのところに行くぞっ! タクシーに連絡しろ」
「ど、どうしたんですかっ。いきなり。まさか、社長もこの席に呼ぼうと……?」
「違う、そんな呑気な話じゃないっ! 潰れたんだ! 破産したんだよ、オカウエが!」
 なっ、と言いかけて、藤原は何かに殴られたような衝撃を感じた。
 明らかにこの上司は信じられない話をしている。
 あれほどの豪壮なパーティは久しぶりに見たし、融資分の金を入れた時には、一週間にわたって著名人たちと遊んでいるのを藤原は見ていた。
 往時からの経営不振はあるにせよ、そもそも何故著名人と遊び歩き、数億の融資をした相手が破産しなければならないのか、まったく理解することができなかった。
「とにかく、話を聞かにゃならんっ。しかし、持ち逃げってならともかく……」
 切実な上司のぼやきを聞きながら、藤原は慌てて身支度をした。

 

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