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風刺 / ユーモア

俺たちのモクサン(3)

   

赤岡たちを「襲った」犯人は西川だった。しかし、篠田たちが問い詰めても西川は一切の罪悪感を示さず、「正当な行為」だと言い放っていった。
そしてやむことなく襲いかかる「毒牙」は、行き場のないモクさんの仲間たちにまで及んでいく……。

 

 朝練に臨む運動部員たちの威勢の良い掛け声が校舎内に響く。そうやって頑張る姿を、早出で仕事を済ませた教員たちが見守っている。
 自主活動とは言え何か事故が起こらぬようにといった「親心」からくる配慮でもあるが、二メートル近い巨体を揺らしつつ、細い目で練習場を見やる巨漢だけは、あらゆる温かみを感じさせることはなかった。
 もっとも、彼に物申すだけの胆力を備えた人間などほとんどいない。
「よう、あんたも朝が早いようだな」
 しかし、俺は口を開いた。放課後まで待つ気にはなれなかったからだ。また、俺だけでなく杉下たちワル仲間も気合いを入れて西川を取り囲む。すると西川は、冷たい目の中に露骨に侮蔑の色を滲ませてから薄く笑った。
「ほう、不良共は朝が弱いのが多いんだがな。徹夜明けか、篠田」
「そうでもねえが、寝覚めが悪かったのは確かだ。何たってウチのもんを、あんたにやられたんだからな」
 俺はわざと少しばかり声を荒らげた。
 野太い響きが辺りに広がり、それはほとんどの部活をストップさせてしまったらしかった。
 少し前よりも大分寂しくなったグラウンドの中で、部員たちが何事かを囁いているのが分かったが、西川は暴露にも、小さく「ふん」と鼻を鳴らしただけで、動揺の色は見せなかった。
「事情が分かっているなら、敢えて言うことはあるまい。正当行為だ。昇段試験の組み手に過ぎない」
「オンライン上がりの百六十センチに、いきなり二メートルのマッチョの師範代を当てる合気道の道場がどこの世界にあるんだよ。分かってんだぞ、てめえ、ねじ込みやがったろう。弱みの一つでも握るか、あるいは『本気』出すって大先生を脅したか」
 俺は敢えて口汚く罵ってやったが、目線は他方にくれてやり、「下がるべし」と杉下たちに合図を送ってやった。体温を感じないインテリ風だが、西川は流高出身者で若い頃は随分喧嘩で鳴らしたという噂がある。
 話の真偽はともかく、二メートル百十キロの巨漢で合気道をマスターしているのだから「戦力」は並の不良とはまるで違う。
 しかも赤岡たちをやった手口からして、どんな相手にも百パーセント以上の力をぶつけて恥じない危険人物ということになる。
 しかし西川は俺たちを蔑むように笑った。
「教育というのは大変なんだよ」
「な、何だと……!?」
「特に仕事でやるなら、個人的な感情はともかく誰であれ基準以上に引き上げることが必要、ということになっていた。だから私は強さの種を植え付けてやったのだよ。痛みと恨みだ。基礎的な技は覚えているようだし、これで彼らは強くなる。もっとも、再び腕が使えるようになれば、だがな」
 西川の恵まれた体格から発せられる声はとても大きく、また憎々しい感じの情熱がこもっていた。
 まるで、「奴らを殺し損ねた。いっそ奴らの家族ごと仕留めるのもいいな」と語っているようにすら聞こえてくる。
 実際にそんなことは一言も述べていないのにも関わらず、確かにそう感じた。
「てっ、てめええ!!」
 しかし、いくら怪しかろうと、限界を超えるほどの「侮蔑」に耐えられる人間は少なく、最初からカリカリ来ているワルたちにとってはなおさら無理な相談だった。
 怒りに目を血走らせ突っ込んでいった三人の男たちは、巨大な割に異常に素早くしかも柔軟な西川の身のこなしによって攻撃をかわされ、次の瞬間には投げ飛ばされていた。
 土の地面に大人の体重が叩きつけられる鈍い音と、それとは別の破壊音を俺は確かに聞いていた。
「あああっ、あううう、あ、あああああっ!!」
 普通では有り得ないような方向に足を曲げた不良たちに目もくれず、西川はスタスタと去っていく。
 俺は反射的に殴りかかろうとしたが、しかし部活中の生徒たちの視線が集中していたために、どうしても足が踏み出せなかった。

 

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