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伝奇時代

生克五霊獣-改-47

   2018年6月7日  

開始されたおとり作戦。だが、泰親の姿が無く、彼は地獄にいるのだという。

 

 
「あの日の夢を見ました。目が覚めたら、今度は蜃様がいなくなっているんじゃないかって思ったら怖くて。顔が見たくなりました」
「そうか」
「蜃様は、いなくなったりしませんよね?」
 蜃は、もぞもぞと布団から這い上がると、布団の上で正座した。そして、その前に新月を同じように座らせた。
「今は、お前にだけ話そう。俺はな、この件が住んだら少しばかり旅に出るつもりだ」
「え?」
 急に不安げに歪んだ新月の顔を見て、蜃は笑った。
「そう、不安げな顔をするな。只の武術の修行だ。お前も見たろ。辛うじて勝ったとはいえ、俺は旬介にも負けそうになった。この件が済めば、来年にもこの里は新しくなる。俺が全てを任されるとなれば、誰よりも強くある必要があるであろう。俺は誰よりも強くありたいし、あらねばならぬのだ。里のためだけじゃない、お前達のためにもな」
「では、必ず帰ってきてくれますね?」
「ああ、必ず帰ってくるよ。ほんの少しだけだ。その頃は、新月も立派な母になっておるかな?」
「そんなにですか?」
「さあ、どうかな?」
 いつまで里を離れるつもりなのか、そこまでは教えて貰えなかった。
「その為には、今夜鬼退治を成功させねばならぬ」
「私は、あの時姉様に寝かされていました。だから、見ていないし、知らないの。だから、月並みな言葉と心配しか出来ないのですけど……ご武運を祈ります」
「ああ」
 幼い頃のように、まだ恋心かそうでないのかもわからなかった少女の頃のように、憧れた『兄』は抱きしめてはくれなかった。

 その日は、何となく重苦しい1日が過ぎていた。
「ねえ、蜃様に声は掛けなくていいの?」
 祭りの日以来、話そうとしない旬介に新月は声を掛けた。
「そんなに避けなくてもいいじゃない」
 廊下を歩く旬介の袖を、新月は堪らず掴んで引き止めた。
「もう、うるさいな。厠に行きたいんだから、邪魔しないでよ」
 うっとおしそうに新月の手を振り払うと、旬介は厠とは逆の方向へと歩いた。
「何よ。最後になるかもしれないのに、少しくらいお話ししたらいいじゃない」
 唇を尖らせながら新月は独り言のようにぶつくさ愚痴ると
「いつまで理由のわかんない喧嘩してんのよ! ばーか」
 と最後に声を上げた。
 珍しく声を荒らげた新月の暴言に驚いて、晴明が声を掛けた。
「新月、どうした?」
 新月は不満そうな顔で、なんでもないと言い捨て、その場を立ち去った。
 気付けば兄だけでなく、新月とも喧嘩してしまったことに気付いてはっとした旬介ではあったが、なんとなく意地になってしまったため、行く宛もなく屋敷内を1周するかのようにうろうろしてから自分の部屋に戻った。
 兄のことは認めたくないし折れたくもない意地と、そのせいで新月と喧嘩になり、あげく兄の味方をする新月に対するヤキモチで、もやもやした気持ちを抱えたまま部屋に閉じこもるにはストレスが大きすぎた。
「くそっ!」
 と小さくやり場のない悪態をつくと、旬介は木刀を掴んで庭に飛び出し、ひたすら藁で作られた木人を殴り付けていた。
 何もかもが、面白くなかった。

 やがて、空が赤く染まり、漆黒の闇を迎えようとする頃。
 蜃は屋敷を出た。富子と泰親の約束の場所に向かう為だった。
 その後を、遅れて晴明が追っていた。
 深い山道を抜け、忘れられたように雑草の多い茂る奥にその社は存在した。
「お祖母様!」
 蜃が声を上げた。
 暫くして、生ぬるい風と共に気味の悪い女の声がした。
 離れて様子を伺っていた晴明には、直ぐにわかった。懐かしくも、憎みたくとも憎みきれない、母親のそれだと。だから、刀に手をかけながらも、無意識に奥歯を噛み締めていた。
「ああ、蜃よ。可愛い私の蜃よ。よおく、来てくれたなあ」
 ぬるぬると、白い頭部だけが蠢くように現れた。
「お祖母様、今日はいつもとはお変わりの姿ですね。身体は何処に忘れて来られたのですか?」
 蜃の冗談には聞こえない台詞に、富子は笑った。
「気の利いた洒落も言えるようになったとは、とんだ伊達男じゃ」
 富子は、随分と機嫌が良い。それもそうだ。
「今日は、本当に調子が良い。朔は良い」
 と、頭部だけでゆらゆらと揺れながら蜃の身体に纏わりついてみせた。

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