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ミステリー

スクープはいとも簡単に3

   

 スクープ情報がはいった。高速道路で事故が起きた。18時前の時間帯のため記者の誰かが出向することになる。

 しかし全員がそっぽをむいていた。新米の快場はやる気満々であるが、デスクの鳳来は任せることはしない。それだけまだ未熟であると思われている。

 携帯電話に連絡が入ると、どういうわけか向井田がすでに取材をしていた。本来は別の場所で取材の予定であったが信じられない幸運に恵まれていると記者たちは騒然となった。

 ナンバーワンゆえの幸運だと誰もが言っていた。

 

 スクープ情報がはいった。事件が起きた。いや事故だ。

「新東名高速道路で自動車がスリップして15台もの玉突き事故です!」女性の報道記者が声を張った。

「そうか、どれどれ行ってもらうのは…」鳳来デスクが立ち上がった。
 これを逃す手はない。人差し指が一人ずつ指してはつぎへと動いた。自ら躍り出る者はいない。言われてから動くタイプだ。名指しされてから行動するという引け腰なのはあまり遠出したくないという軟弱な理由がある。

 時刻は18時前、もうすぐ就業定時時刻だった。事故が多い時間帯でもある。

 だれもが眼をそらしていた。時間どおり帰れる保証なんてどこにもありはしない。それが報道だ。

 そりゃ帰りたいよな。今から新東名高速乗って取材では午前様だ。

「はい!」俺は手を挙げてめいっぱい声を張り上げた。「俺、行きます」

 誰にもこのスクープは渡さない。だが新人にはやはりまわってこないだろう。これだけやる気のある意気込みを主張してみせたというのに、いとも簡単に潰す鳳来だった。

「いや、待て…」鳳来はスマートフォンの画面を見ている。状況が一変したようだ。表情が明るくなっていた。「すでに向井田が取材をしている。映像が送られてきた」

 ここにいる全員の眼が見開いた。驚愕だった。

「ありえねーな、なんでそんなとこにいるんだ、あいつ?」

 岡原おかばら 智夫としお(30歳)。“いびり屋”と呼称されている。報道部リーダー役だ。

 新人には厳しいひとだ。その立場を誇示しているためか。向井田にも注意することがたびたびある。いくらナンバーワンの取材力があろうと、今回のような都心部で取材しているのではなく、なぜか遠く離れた東名高速なんて乗っているのか、いち早く現場にいることに不自然さを抱くときはのちほど聴取をしている。

「また勝手にあちこちとびまわりやがって…」

 向井田の勝手な行動を、“身勝手スクープ追走”と呼び、本音は腹の底から据えかねている。上席がOKというものだから何も言えないが、チームワークもだいじだといつも小言を決まり文句で吐露するだけだった。躾けることはもはや不可能だった。

 あの男にチームワークのなんたらを聴く耳はない。“とったもん勝ち”、それが他人を罵るための材料となる。

「たぶん、またあれよ、神の嗅覚のように嗅ぎつけたんじゃない、ほんとうに天性の記者運命を持ってるわよね」

 米盛よねもり さやか(30歳)。“厳格屋”、誰にでも厳しい姉御肌。ベテラン記者だ。

 岡原とは同期で交際している。よく一緒にいるのを俺も目撃している。意見や思考の息があっている。

 新人には特に厳しく、俺も記者としてのノウハウを、とはいっても基本的スペックを会得したくらいだ。

 最終的に武器となるのは「志し」と熱く語っていた。

「すごいですね、ほんとうにわたしたちはいつも置いてけぼり──」

 古美山こみやま 奈津なつ(25歳)。“憂い屋”、同情しやすい。中堅層にいる記者。真面目だがそこまで熱意を持って取材をするタイプではない。

 先日ミスしたとされたことをこのひとが手伝ってくれた。俺のアンケート調査の集計ミスを洗い直してくれた。向井田が姑息な真似をしたのが原因だがそのヒントを抱くきっかけになったひとだ。感謝しているけど結局うやむやになってしまった。

「まぁいいや、向井田がいってるんなら…」岡原はあきらめていた。

 俺も驚いた。どこまでもスクープに愛されている天性の者がいるものかと。この辺の力量の差と運が負けていると認めざるをえない。

「たしかあいつさ…きょうは神奈川県で春の観光スポットネタの取材をしにいってるんじゃなかったか」

 見山みやま 丈晴たけはる(32歳)。リーダーではなくデスクの次にくる立場にいるひとだ。“相乗り屋”と影で言われている。自分の意見はなく年功序列で今の地位になった。抜きに出る才覚はいっさいない。スキル、取材力、応用力、適応力、コミュニケーション力、すべてが平均点。だから無鉄砲で豪快な鳳来の下に抜擢された。家族、妻子持ち。子供は5歳の男子が一人いる。なにより家族のことを優先して考えるひとだ。

 デスクの鳳来の背に乗っているようなひとだ。向井田の不正をもみ消した張本人、この男もいずれ報復してやると俺は決意を抱いていた。

「あっ、たしかにそうみたいですね」古美山がパソコン画面を凝視していた。担当表をチェックし、その内容を読み上げた。

「ほんとうにすごいやつだ。恵まれているな、あの男は」見山まで大笑いしていた。「それだけスクープに縁のある男だということだ。ほんとうにいとも簡単にやってくれる」

 俺はそこまでの人間がいること自体疑念を抱く。先週はたしかどこかのトンネルの崩落事故に、ありえないくらいの偶然でいち早く現場にいた。

 都内ならまだしもあのときはなぜ山梨県にいたんだ。関越道あたりだった。ニュースでもいまだに犠牲者が出て騒動になっている。どの局よりも現場のリアルな恐怖の映像を撮影している。

「毎回、ありえないんだよな」俺は俯いていた。スケールの差がありすぎるからだ。

 警察に規制されてしまい近づけなかったが、警察が来る前に向井田はすべて取材を終えてしまう。その踏みこんだ、切りこんだ取材には評価が高い。ほかの誰もそこまでの危険な映像は取れないからだ。

 鬼気迫るほどの取材はなかなかできないもの。誰だって自分の命、からだが資本となっているからだ。

「負けた…なんでそんなに毎週毎週スクープをモノに、ほんとうにいるんだな神に仕える使者のような人間が…」俺はどう足掻いても向井田を超えることはできそうもない。「こうもいとも簡単にやられては…」

 それでも俺は鳳来からスカウトされた。それだけが希望であり抗うための源になっている。

 

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