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ミステリー

スクープはいとも簡単に7

   

 これは共感に値するものだろうか。同年代の若者に賛否両論の記事に論争の種をしこませるため、ひらめいた若き記者の狙いだ。

 このことで、この行動で、この狙いで美桜との愛に亀裂が生じたとしてもしかたがない。その覚悟を持って身内ネタをスクープにまで昇華させてみせる。

 俺は勝手に胸のなかで誓った。いつだって自己判断は独りよがりだ。

 これは建前だ。そんな言葉をおぼえた俺だが、本当は今朝の美桜のスマートフォンへのメッセージ、大学の友人だろうけどそれがずっと意識を支配していた。

『医大生と合コン』

 頭にくる誘いだ。

 働いている者をプー太郎とほぼ同等に見下げられたまま黙っていられるか。しかもそんな男に未来がないとぬかしやがって。別れろ、別れたほうがいい、ということを助言、いや忠告されている美桜の友人どもに一矢報いてやる。

 あることないこと記事にして晒してやる。医大との合コンに美桜が参加するかどうか、その真相をつきとめてやる。

 社会学部で四年間、どんなことを学べるのか、俺なりに調べてみた。

 社会学部では多くの専門科目を学べる。教育目的、あくまで「あたりまえ」というものに束縛されることなく、もっとも社会にでてからもとめられるのが柔軟な感性と社会の常識にとらわれることのない発想だ。

 三つの能力を身につけることができ、それは無限にひろがることで、可能性というものにつながっていく。

「発見・分析・提言」この三つだ。

 他人への想像力から豊かな人間を育成する。これがいちばんの目的になる。

 社会に生起する問題を見出し、発見、調査、データ収集を行ってその意味を考察、説明し分析、研究成果に基づく実践的な提言をおこなう。という三つの能力を具えることになる。習得するための多彩な講義と演習を実践、学習する場を用意しているのが美桜がいるところだ。

 なんだか異様な雰囲気に俺のつま先が躊躇っていた。

 大学の門はそれだけ迫力がある。重々しい威圧感がある。たしかにそうだ。ここは簡単に通過できる門ではない。ここを通るまでに多くの受験者がいて合格した者が門をくぐれるというものだ。

 俺のような高卒のテレビ局に契約社員として雇ってもらっても、軽んじてこの大学の門を軽々しく通過していいわけがない。

 高校と大学とでは異なる空気につつまれているのを実感していた。もはや学校の門をくぐることなんて想像していなかった。もう社会人と学生の差は崖の上で佇む者と、崖の底から這い上がるためのすべを学ぶ者、これだけの差があると自己解釈していた。

 今は崖の底から這い上がる者たちを見上げている。自分がもし、学生として這い上がるための知識や勉学をこの場で学ぶとして、頭上には明るい未来があるのだろうか、と地の底で考えていた。

 ひとつ確かなことが想像できた。まちがいなく崖の上までたどりついた者は見下して勝ち誇った笑みを絶やさないだろう。

 その優越感はいつしか足元をすくわれることのないように、注意を怠るべからずだ。

「美桜はどこかな。もう授業へいったか?」

 授業というより講義と呼ぶほうが正しい。高卒はそんなこともしらない。そこまでの勉学と浅知恵しかない。

 あとで美桜にどんな授業しているんだ、とたずねたときに訂正された。

 美桜を監視して学術的に記事になるか、それを取材しようと思う。実際に報道部で記事にはできないが、俺の個人的なウェブサイトに掲載するだけだ。

「見つけた…」

 悠然と大学の真ん中を歩いている。その後を気づかれないように追跡を開始した。きっと講義へとむかうところだ。手首につけた腕時計をちらっと見た。すると急に小走りで駆け出した。

「あんな小走りを…、ウサギに見える。かわいい…」

 客観的に美桜を見ていると、こんなにもかわいく見えるものかと改めて愛が増大された。

 どんな講義を受けるのかはわからないが、まぎれこんでもわからないだろう。ドラマや映画なんかでの講義を受けるときの空間というものをイメージはできている。ホールのようなものだ。

 教壇から扇型で、ひな壇のように学生たちが座り、本やノートをひろげるための長机がある。教壇の講師はマイクを持ちながら講義をすすめる。そこそこ小さめのコンサートホールだ。

「たしかにこういう教室で授業を受けるのにはマイクが必須だ。さしずめ講演会のよう──」

 美桜が扉を開けて滑り込むように中へと消えた。

 俺はそっと扉を開き中の様子を窺う。案の定イメージしたとおりの空間がひろがっていた。

 一人の年輩の男性が教壇でマイクを持ち講義をはじめようとしていた。ひな壇には隙間なく若者が座っている。美桜も中段あたりにこそこそと座った。

「すげー、これって人気の授業なのか。ここまで密集しているとは思わなかった」

 本を持っていない人や後ろで立っている人がいる。聴講しているようだ。

「これはラッキー」

 最後尾に身を隠すように座り、まぎれこんだ。教壇からみると最上段の位置だ。ここならそうそう気づかれることはない。

 なんの講義でなにを話しているのか、俺にはさっぱり理解できなかった。時間はあっというまに過ぎていった。

 映画一本は観られるくらいの時間を要した。

 大学の一コマの講義が60分ではなかったことに驚いていた。

「だがちょっとわかった。あまりこれは記事にはならない」取り越し苦労の取材だった。「こういうこともある。むしろこの講義をした講師に人気が集まっているようだ。独自インタビューのほうが記事になりそうだ」

 しかしそんな考えはすぐに消えた。本当の目的はべつにある。中段で真剣に講師の話に耳と目をむけている美桜に視線を落としていた。

「あいつなりに将来を望んでいるんだよな…」

 講義が終わった。そそくさと俺はほかの学生たちが出ていく群れにまぎれその場を去っていった。
 
 

≪つづく≫

 

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