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幻想 / 夢幻

不忘夜話3・黄色い坂

   

 あれは何だったのだろうか。

 

 
 諸般の事情により名前を伏せて書きますが、岡山から鳥取へ向かう道の途中にKという名前の坂があります。
 この坂にまつわる話です。

 私は大学時代に柔道をやっていました。
 夏の合宿は伊豆と決まっていました。
 合宿での夜、先輩のAさんがいろいろな話をしてくれました。
 怖い話が得意で、独特の語り口で話すのを聞いていると、かなりぞっとしたものです。

 以下は、Aさんの話の1つです。
 Aさんは、大学1年生のときの夏休み、郷里の岡山へ帰りました。
 免許を取ったばかりだったので、友人のBさんと2人でドライブに出かけました。
 車はレンタカーです。
 岡山や倉敷を走りまわり、そろそろ星が見える夕方。
 今度は山の方へ行ってみよう、ということになりました。
 そしてK坂に差し掛かりました。
 ふと見ると、道端に女性が立っています。
 スリムで髪が長く、色白の美人でした。
 AさんとBさんは、「しめた」と思い、彼女を車に誘ったのです。
 女性は、にこやかに笑いながら車に乗りました。
 とりあえず後部座席に乗ったのです。
 初めてのドライブで美人をナンパ出来たなんてラッキーだな、とAさんは思いました。
 AさんとBさんは女性に話しかけ、車中は華やいだ雰囲気になりましたが……。
 Aさんは、話をやめて運転に集中し始めました。
 なにしろ免許を取ったばかりで、まだ慣れていないのです。
 道は曲がりくねった登りの坂です。
 見通しが利きません。
 もし対向車があったら……。
 でも、幸いなことに車は走っていませんでした。
 Aさんの車だけです。
 街灯の黄色い光に照らされた道があるだけです。
 Aさんは慎重に運転をしていました。
 隣のBさんは、女性と話しながら笑っています。
「ちくしょう、Bばかりいい思いをして……、運転者のことも考えろよ……」
 ところが……。
 ふと気がつくと、話し声が途絶えています。
 車の中が、重い沈黙に包まれているのです……。
 そこにBさんの声が聞こえました。
「お、おい……」
「なんだよ」
 Bさんが、何か言いました……。
 何と言ったのか分かりません。
 何か、悲痛な……。
 助手席を見ればいいのでしょうが、運転中に左を見る、というのはまだ慣れてないAさんには難しいことでした。
 一旦車を止めて、それから左を見たのです。
 結果として、車を止めたのが幸いでした。
 助手席を見ると、Bさんの顔が髪の毛におおわれています。
「え?」
 後ろを見ると、後部座席全体が車の天井まで、びっしりと髪の毛におおわれていました。
 それがモゾモゾと蠢いています。
「ぎゃぁぁ」
 Aさんは車を飛び出ました。
「おい、待ってくれ」
 Bさんも逃げ出しました。
 2人で夢中で走り、カーブを曲がり、車が見えなくなったところで、止まりました。
 Aさんが聞きました。
「何だ、アレ?」
「俺、後ろを見たんだよ……、そうしたら……、彼女が笑って……」
 Bさんは、震えながら話しました。
「……、それで、髪の毛がザワザワと伸びてきて……」
 2人は顔を見合わせて、そのまま立っていました。
 周囲は黄色い光に照らされた坂の道です。
 通過する車はありません。
 彼らだけが、道にたたずんでいるのです。
「おい」
「うん?」
「どうする」
「どうするって……」
「あの車、レンタカーだから……」
「そうだなぁ……」
「よし戻ろう」
「大丈夫かなぁ……」
 Aさんは、低い声でお経を唱え始めました。
 ゆっくりと道を歩きます。
 カーブを回って、車が見えてきました。
「ああ……」
 夢中で逃げ出したので、ドアは開いたままでした。
 それでルームライトがついています。
 遠くからでも、車の中は空であることが分かりました。
 でも、座席の下に潜り込んでいたら……。
 Aさんは、お経を唱える声を大きくしました。
 お経を唱えながら……、車内を調べて、トランクも開けて、誰も潜んでいないことを確認しました。
 2人はそのまま市街へ引き返しました。
 窓を全開にして……。

 以上がAさんの話です。
 冷静に考えると、どっかで聞いたような話です。
 なぜAさんがお経を知っていたのか、とかツッコミどころもあります。
 でも、柔道3段のAさんが、ことさら声を落として話をすると、なぜかとてもリアリティがあるのです。
 

 

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