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コメディ

ゾンビは色々解決する(1)ゾンビは過労死を解決する

   

 人里からは縁遠い廃村、その中央に位置する「新井クリニック」。廃墟マニアでもない限り人が足を踏み入れることはないその建物は意外にも、実に多くの老若男女で賑わっていた。

 病院の院長を名乗る新井 里美は、免許を持っていないモグリの医者だが、日本でも数少ないゾンビ専門医師としての知識を持っているので、治療が必要な「人たち」に慕われているのである。

 そんなある日、珍しく新鮮な人間を「人形車」が運んできた。
 そこで瀕死の患者に話を聞いてみると、過労で死ぬことになりそうな自分の死を隠して欲しいということだった。
 明らかに過労死案件で、ブラック企業に関わりたくはない里美だったが、人命は大事なので処置してやると、また別の騒動が巻き起こり……。

 

「いやあ本当に助かりました。地獄に仏とは言いますが、まさに里美先生のような方のことでしょうな。もっとも、私は地獄に行った感じはありませんでしたがね」
「はいはい、どうも。静かにしてないと、手元が狂っちゃうわよ」
 自分の適正サイズよりもずっと大きな白衣を着込んだ、あるいは白衣に着られている眼鏡の少女が首筋に注射器を差し込むと、彼の顔色はみるみる回復していった。
「はい、今日はこれで終わり。本当だったらしばらくオペのために入院してくれればいいんだけど」
「ダメですね、残念ながら。あさってから黒崎ちゃんが全国ツアーに出るんで、僕は同行しなくちゃならんのですよ。でなければわざわざ、二十トン車を徹夜で転がした意味がないってもんで」
「そう言うと思ってたわよ。病院マップは忘れないようにね。万が一の時のために」
 眼鏡の少女がビシっと釘をさすと、「彼」は実に愛想良く笑って駆け出していった。
 先ほどまで死にそうな顔色をしていたのが嘘のようだが、良く考えれば死ぬことは気にしなくてもいい。
 となれば、ツアー前に仕事をこなしておこうと張り切るのも当然なのかも知れない。
「杉田さんとこが、有給を取らせてくれるかの方が問題かしら。あそこの社長、ヒトの気持ちを配慮しないからね」
 などとぼやきつつ、少女は一旦部屋を出て、長椅子やソファにずらずらと並んでいる患者たち一人一人の容態を自分の目で確かめた。
 弱っている人の首に注射器をねじ込み、意識が飛びそうになっている人の口にブロックを放り込む。
 その速度はまるで名人芸と言っても良く、もっと言えば、人間に対するものとしてはいささかスピードを重視し過ぎているようだった。
「ああっ、里美先生っ、大変ですよっ。緑山さんが我慢できなくなっちゃって」
 十代半ばと見える可愛い女の子が、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように白衣の少女に抱きついてきた。独特の香気を感じつつ彼女の頭を軽くぽんと叩くと、女の子はピタリと身を落ち着けて、一歩離れて椅子の方を指差す。
「おおうう、むうう、うーむうううう……!」
 四十代半ばぐらいの、いかにも真面目な会社員といった風情の人が、ミカン箱で組み立てた即席の椅子にかじりついていた。
 もっとも彼に食欲はなく、ボロボロの木片になった椅子には目もくれず、ただ歯を立てて壊しにかかっている。

 

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