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伝奇時代

生克五霊獣-改-56

   

「……なあ、麒麟。お前は、何があっても自害はするな。生きて、生きておくれ。こんな時代じゃ、何があるかはわからん。恥と知って母は言うのだ」

 

 だらしなく床に突っ伏しながら、葛葉は酒を呑み、空の徳利を弄ぶように転がしていた。葛葉のはしたない姿を初めて見て、驚く反面少し安心もした。母であっても、人の女なのだと。晴明が死んだ時ですら、こんな姿を見せはしなかったのに。
「母上、ヤケ酒ですか?」
 葛葉は、頼りない滑舌で笑いながら言った。
「ヤケ酒というのは初めてだが、悪くは無い……悪くは無い……このまま、迎えが来ればなお良い」
「何を訳の分からんことを」
「晴明殿が止めろと言うなら、止める」
「父上は、もうおりませんよ」
「何故おらんのだ? 私は、沢山の幽霊を見てきたぞ。覚えておらんのか? お前も怯えて小便を漏らしておったではないか」
「いらんことは、さっさと忘れてください! そういう問題じゃないだろー」
「逢いたいのー。幽霊でもいいから」
 葛葉の転がした徳利が、ころころと転がり、障子に当たった。麒麟はそれを拾うと、他に置かれた数本の徳利も片付け始めた。
「ヤケ酒は、今晩限りにしてくださいよ」
「何故じゃ。酒はいいぞ。昔の楽しいことを思い出させてくれる。お前が最後に寝小便したのはー……」
「面白くないだろ!」
 葛葉は、麒麟をからかっていた。葛葉の元から、かつて家族だと幸せを噛み締めていた人々が、また1人、また1人と消えていたから。ここに来て、その事に気付かされた。晴明や夢路が亡くなった事と同じくらいに、悲しかった。
「……なあ、麒麟。お前は、何があっても自害はするな。生きて、生きておくれ。こんな時代じゃ、何があるかはわからん。恥と知って母は言うのだ」
「…………」
「晴明も夢路も、恐らく肉体から完全に成仏する事は出来ぬであろう。夢路の魂は、この世に縛り付けられる。晴明殿に至っては、魂すら残っておるかもわからん。自害した魂は、自力では成仏出来ぬのだ。いずれ、我々に因果が巡る。その時、救ってやれるかどうか……私にはわからん」
「……わかった。約束するから、俺の恥ずかしい話は全部忘れてよ」
「それは、出来ぬな」
「…………」

 それから数日して、甲蔵が落ち着いたのを確信してから麒麟達は里に戻った。

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