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風刺 / ユーモア

もっとも良いルートを

   

遺伝子チェックがごく当たり前になりつつある現代、某私立中学校の保健室担当兼遺伝子カウンセラーの、松田 一重のもとには、検査結果を待つ生徒とその保護者たちが頻繁に訪れるようになっていた。

一重は常に言葉を選び、かつ進路チョイスが最善になるように面談を繰り返しているのだが……。

 

「せ、先生。どうだったんですか、息子の検査結果は。プロを目指せるだけの能力があるんでしょうか」
 学校のカウンセリングルームに、母親の緊迫した声が響く。普段、「親がダルい」、「テストが面倒だ」と、簡単な愚痴を言いにこの部屋を訪れる生徒たちのそれと比べて、明らかに真剣で深刻なトーンがうかがえる。
 もっとも、母親に連れられてきた藤田君もガチガチに緊張しており、普段のように軽口を叩ける感じでもない。
 故にカウンセラーの松野一重は、念のための照会を後回しにした。
「結論から言って、かなりいいものを持っていますね」
 迷いのない、それでいて練習でバラつきをなくした満面の笑みを一重が見せると、母親の表情がぱっと明るくなった。
「いいものを、というと、プロを目指せる、と?」
「ええ。視野の広さ、空間認知能力の高さ、筋力、柔軟性。いずれの数値も基準値を超えていました。身長は恐らく百七十センチ代前半ぐらいでしょうけど、スラッガーを目指すんじゃなければ問題にはならないでしょう。回復力も高く、動作記憶も良いので、怪我からの復帰にも強い方でしょうね」
 そこまで言葉を並べると、藤田の表情も柔らかくなり、普段の目の輝きが戻ってきた。
 一重がいなければ、親子で手を取り合い涙しているような雰囲気すらある。
 そんな二人の様子に、一重はうんうんと頷きつつ間を取って、「ただ」と付け加えた。
「肉体の成熟曲線が人よりもかなり遅いですね。外側はともかく、内臓や骨、靭帯といった内部に関しては、二十代後半まで成長し続ける晩成タイプですから、逆に高卒でドラフトにかかるのは難しいかも」
「マ、マジかよ先生。俺、さっさと勉強なんかバックれて、高校で一億円の契約金が欲しかったんだけど」
「ふふ、高望みは良くないわね。もちろんプロもいいけど、地道に大学や社会人でチャンスを得るのが近道ね。そのためには勉強も頑張って、選択肢を増やしておくことよ。結局能力を高めるには、自分ができる限りの練習をして、できるだけ多くの機会を貰う必要があるんだから、入れる学校や企業は、できるだけ多い方がいいの。もちろんここの附属もいいけれど、本気でこの数値を活かすんだったら練習は別のところでするべきね」
 一重の言葉に藤田はシュンとなったが、母親は「それ見たことか」と表情を明るくしてみせた。
 そんな二人の様子に一重は軽く笑って付け加えた。
「とにかく、毎日を有意義に過ごすことが大切です。そうすれば、素質で上回る人を乗り越えてドラフトにかかるかも知れませんし、練習には効率が重要で、効率を引き出すには理解力や知力が必要ですからね」
「あーあ、やっぱもっときっちりやらなくっちゃダメか。なあ、先生。中卒でプロってダメかな。俺の素質じゃ」
「うふふ、ま、少なくとも、弟君に夏休みの宿題をやって貰うようじゃ、スカウトさんも声をかけないんじゃないかしら」
 一重が軽くくすぐってやると、親子は揃って顔を真っ赤にした。逞しい母親に首根っこをぎゅっと掴まれて、頭を押さえられる感じで帰っていく藤田を笑顔で見送ってから、一重は、傍らのチェックシートに簡単に記入し、次の「客」を呼び込んだ。

 

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