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風刺 / ユーモア

札束セイリング

   

 古銭やら切手に、若いのに妙に詳しい先輩柳下が、「ネットにもの凄い偽札判別機が売り出されている」とメールをしてきたのがきっかけだった。
 サイトを見てみると確かに凄い性能を持っている検査機で、アメリカドルはもちろん、人民元にユーロ、そして市販用機械では当時ほとんどなかった日本円に対しての判別機能までも備えているというスグレモノで、しかもコンパクト。
 普通に考えるなら、これが手元にあれば偽札を掴まされることはないだろうという「現代のお守り」である。
 機械製品に関してセンスがあると思っていた深谷は、その画像をネットで見た瞬間、売りに出した業者と交渉に入っていた。
 一つ十一万円の機械を、頼み倒して十個五十万円に値引きしてもらい、しかも消費税分もまけてもらうことに成功した深谷は、すぐさま「深谷安全サービス」を開業した。
 超希少な機械をリースして儲けようとしたのだが、計画を立てた段階で深谷は完全に失念していた。
「何故、日本円の偽札検査機が出回っていないのか?」という点である。
 掴まされれば大損な上に、うっかり使ったら極めてまずいことにもなるのが偽札である。
 だから、金を扱う商店主や自営業者たちであれば、是非自衛したい部分となる。
 そしてモノができれば大量生産されて、手頃なコストで大量に出回るだろう。
 最悪、機能しなくても「検査機」が置いてあるだけでも、かなりの効果があるはずだ。
 しかし、現実にはまるで偽札検査機は出回っていない。
 偽札自体がほとんど出回っていないからだ。
 その状況でわざわざ他人からリースして検査機を入れる人が果たしてどれだけいるのかということだが、その答えは今の深谷が物語っている。
 預金通帳には二十万円しか残っておらず、それも各種のローンで大半がなくなってしまうものだ。
 もちろん心機一転働くのが正解なのだろうが、それにはダメージが大き過ぎる。
 検査機が有効活用できれば、とまではいかないが、何かきっかけがなければうまく動く気にもなれない。
 昔「不良」をやっていた時の方が、まだ根性がしっかりしていて前に進める雰囲気を感じていたぐらいだ。
「とりあえず、ファミレスで済ませるよ。少し頭も冷やしたいからな」
「早く帰ってらっしゃいよ。お金も仕事も時間が経ったらなくなっちゃうんだからね」
「ちっ、分かってるよ」
 と、深谷はこれまた二十年ぐらい前から変わらない受け答えをして家から出てみたが、状況が変わるわけでもない。
 どこかに仕事に入ったところで貯金ができるほど稼ぐのはなかなか難しいし、数年前とは違い内職も減っているので、母親に任せきりにはできない。
 となればやれることも使えるお金の額も決まっているわけで、結局心にズシリと来るイライラを味わうことになってしまった。
 しかし、そんなある日の深夜、昔使っていたデジタル無線機が鳴った。傍受や情報解析を防ぐための装置なので、これが作動したということは「不良的」な、つまりはろくでもない話が待っているということになる。しかしヤバい状況の先輩を見捨てるわけにもいかない。
「ちっ、しょうがねえ」
 結局深谷は舌打ちしながら受話器に耳を当てた。
「おう、まだ起きてくれてたか。ラッキーだな、お互いに」
「お久しぶりっす、先輩。って言うか何気取ってるんですか。先輩が教えてくれた解析機を買ったために、俺今貯金ほぼパーですよ。どうして話を持ってきたんです」
「あれは、完全に見立てが間違ったな。今じゃ中国だってキャッシュレスの時代だ。ユーラシア大陸は全部こうなるだろうぜ。んなことよりお前、今いくら出せる?」
 柳下はまったく悪びれなかった。と、言うよりも、体裁を気にしている余裕すらないという雰囲気である。
「いくら、って、先輩。それ俺に言うんですか。こっちは先輩のおかげでえらいことになったんですからね」
「あの時は本当に悪かった。が、今はこだわる状況じゃねえ。とにかく、今出せる金を全部持って駅前に来てくれ。もう車出すからよ」
「俺は今金欠なんですけどね。何か厄介事ですか」
「違えよ、儲け話だ。しかもすぐさま儲かる。俺は金を借りて二百万突っ込んでやるつもりだ。元手が足りなくて泣きを見ても知らねえからな」
 柳下は異様に自信満々だった。普通ではない雰囲気を察した深谷は、一応親が寝静まったのを待って家を出てみたが、合流した柳下にもまったく深刻な色はなく、しかも人を騙している感じでもなかった。

 

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