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風刺 / ユーモア

札束セイリング

   

 さっきまで抱いていた柳下に対する不信感は、深谷の中ですっかりかき消えていた。
 実際、何やら分からないが「金の問題」は解決した上に、「仕事」についても自動的に解決したのだから、この状況は実にオイシイものがある。
 休業状態だった会社を復活させ、銀行やノンバンクの金融機関からの融資ということができるわけで、深谷のポジションはより真っ当な金が入るようになった分、柳下たちよりも有利にあると言える。
 ならば、もはや恨んでいるだけの狭量さも時間もなくなるわけだ。
 実際、これが目的だったのかと思えるぐらい、深谷は柳下たちから重宝がられるようになった。
 全部機械任せとは言え、専門的な機関にしかないようなチェック機能を働かせた上で、完全に「白」だと判定されたことの安心効果は大きく、柳下たちはある程度、自販機から引っこ抜いた金を自由に使えるようになったらしい。
 もっとも、身元がバレるような高い買い物を一度にやることや、ゲットした金をそのまま銀行に預けることはNGであり、柳下たちは常に慎重だったし、深谷も慌てて、自販機から抜いた金を「見せる」ために使って銀行と対峙することもなかった。
 話に冗談のようなスケールがあるだけに、扱いは慎重にせねばならないのだ。
「気を付けて下さいね。『自販機』案件だってことは知ってますが、間違っても銀行に預けたり、お堅いところの払いには使わないように。俺らは盗んでもネコババしてもいないが、疑われれば面倒なことになる」
「か、確定申告もまずいかな」
「直接的なコメントは差し控えますが、面倒ならシュレッダーにでもかけることですね。お互い、金には困っていないんです」
 そうしたこともあって、久しぶりに柳下から電話を受けて半年ほど経った頃には、深谷は普通に「仕事」をするようになっていた。機械任せではあるが、その種が割れないならば、固有の「技術」と変わらないし、自分たちの「同類」でありながら、不良流の「作法」を知らない新参に、直々に釘を刺すこともできる。
 銀行担当者との話し合いも順調で、一千万円もの融資の話がもう少しでまとまりそうだ。
「ああ、深谷社長。来週の水曜日から、ポイント三十五番に新しい自販機が入るって噂があるらしいです。両隣のポイントが潰されちゃいましたからね」
 いかにも軽口を叩きそうな若者の言葉に、深谷は「プロ」として瞬時に結論を出した。
「縄張り争いが始まる前までが勝負でしょうね。行くんなら水曜日の朝早く、それも一度だけってのがベターでしょう」
 深谷がこの「ボーナス」を知ってから半年の間に、噂はひっそりとだが確実に広がり、おこぼれを狙う連中も増えてきた。
 もちろん、つまらない「騒ぎ」を起こしてこのオイシイ状況がなくなるのはつまらないと考える者が支配的だが、独占しようとする向こう見ずもいないわけではなく、彼らとかち合いたくないのが深谷の懸案だった。
 ただ深谷は、別のことで懸念を抱えていた。
「とにかく、俺らも気をつけますから、深谷さんの方もお願いしますね。柳下さんみたいに、結構な期間入院ってんじゃ、元も子もありませんし。ようやく動きは戻ったそうですけどね」
 もの凄い勢いで自販機からお金を「稼いで」いた柳下がひと月ほど前から入院してしまったのだ。
 確かにちょっと体の具合が悪いっぽい雰囲気はあったものの、全体としては晴天の霹靂というやつで、深谷の業務負担がかなり増えた。
 おまけに、せっかく仕事が軌道に乗ってきたんだからとここ数ヶ月金勘定に付き合ってくれていた母親も十日間ほどの日程で静養に出てしまったので、今は家事から内職まですべてのことをやらなければならなかった。
 しかも柳下からのサポートはまったく最低限である。
「ま、先輩もこりたって言うか、丸くなっちまった感じだから、俺らもやる気でないですけどね」
 と、後輩筋の若者がぼやいているように、入院によって自販機巡りに、つまりはあぶく銭に縁がなくなってしまった柳下は、すっかり物欲がなくなった感じで、より儲けようという覇気が一気にかき消えてしまった。
 いくらでもお金があるからか、あるいは、表向きには所得がないからかは分からないが、治療費のことも一切心配せず、健康になることだけを考えている。
(急な話だよな……)
 深谷もボヤいてみるものの、しかしその変心は合理的なようにも思う。
 いくらお金を積んでも完璧な健康を得ることはできない以上、その途中でどれだけ稼いでも体を壊してしまっていたら意味がないし、究極的には死んだら使えないものでもあろう。
 だとするなら、わざわざヤバい金につられて奔走するのは一体どうなのか。
 俺も一線を退くかな、などと考えつつ、深谷は、ここの所強くなってきた頭痛に顔をしかめてみせた。

 

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