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風刺 / ユーモア

札束セイリング

   

「まったく、とりあえずは一安心ですな」
「死者も皆無で、話題にも上っていないのですから、望外の成果と言っていいでしょう。不良たちに噂を流して正解でしたね」
 その頃、街全体を眺められる高層ビルの一室で、紳士たちの祝宴がひっそりと行われていた。
 もっとも、高級なスーツに身を包み、服飾品を身につけていても、彼らの体から滲む黒いものを覆い隠すことはできていない。
「まったく、研究が失敗して札束が濡れ切った時はどうなるかと思いましたよ」
「薬液に汚染された物品は廃棄が常識ですからな。しかもこの金の経緯からして、銀行で交換してもらうこともできない」
 彼らがニコニコと話しているのはそれなりの理由があった。
 政敵を平和裏、かつ徹底的に排除するために作られた、非致死性の「病気」になるという薬品を開発したものの、途中で調合をあやまり、部屋中を薬液で浸してしまったのだ。
 となると即座によく染み込む薬液を集約せねばならないが、幸いというべきか、山と積まれていた裏金として集めていた紙幣に吸い取られる形となり、研究者たちはリタイアを、秘密研究所は廃棄を免れた。
 しかし、揮発性もある薬液の染み込んだ紙束をそのままにはしておけず、悩んだ彼らは、単に札束を廃棄するのではなく、「販売する」ことを思いついた。
 そして、結果はこの通りである。
 まず鑑識にもかからない薬剤の精巧さもあって、事の真相は表に出ることなく、汚染された札束を安全に処分でき、しかも多額の現金を得ることができた。
「まったく、こもり切っている私が言うのもなんだが世の中は面白い。千円は千円、一万円は一万円、百ドルの価値は百ドルだ。しかし、番号が振られているわけだし、一枚たりとも同じ札はなく、状態は様々だ。であれば当然、価値も違ってしかるべきはずだが」
「電子マネーじゃなくて助かったな。まあ、さっさと売り抜けてしまおう。ちょうど懐が潤った不良連中は健康志向に目覚めたこともあるし。キャッシュレス時代になる前に片をつけておかないと。廃業した自販機運営会社に連絡をして……」
 と、商魂逞しくというべきか、食事中も早速仕事の話を進めていた悪者たちの前に、別の怪しげな男たちが現れた。
 最高級のスーツのあちこちに金糸を織り込んだような、どこか悪趣味な成金ぶりを隠してもいない中年男性と、いかついボディガードたちが巨大なケースを担ぐようにして現れた。
「仰る通り、一万円は一万円と言いつつも、実は一つとして同じものはない。だから本来、そこにいかなる価値を見出すかは人次第でしょうね」
 金に輝く紳士はニコニコと笑いながら、片っ端からケースを開いていった。
 そこから現れる輝きに、さしもの悪者たちも口を開き、言葉を失った。
 無数の金の延べ棒が、ケースの中にはぎっしり詰まっていた。
「残っている、その素晴らしいお札を僕に譲って下さい。報酬は純金でお支払いします。いやあ、あらゆるものを持っている僕だが、とにかく敵も多く持っていてね。目障りな連中をしばらく大人しくさせられるというのなら、本当に嬉しい話だ。もし良ければ、今後もやって下さいよ」
 その紳士は異様なほど堂々と握手を求めてきた。この騒ぎの発端になった悪者は、右手を差し出しながら、嫌な想像をしていた。
 紙幣や貨幣が同じ扱いを受けているのは、ルールと「幻想」によるものだ。
 しかしその「前提」が崩れて選別が行われれば、結局同じ扱いをするべきができないとなり、リアルマネーは駆逐されるのではないか。
「まったく、いつの世も金は欲望の王様ですよ。私のオヤジも祖父も、とにかく溜め込んでいましたからね」
 しかし、上機嫌に金の延べ棒を力強く差し出してくる彼には、そんな「事実」を伝えることはできなかった。
 
 

≪おわり≫

 

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