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現代ファンタジー

キッズ・レンタル1(全4話)

   

 三十二歳のときに引っ越しをした。生活を環境から変えることにした。

 北から西へと区を飛んだ。西武新宿線沿いに引っ越した。新鮮な気分で実にいい。どっと腰を据えて執筆するためのルームの内装にしてみようと思う。その決意の矢先にさっそく困ったことがある。

 意外と若者が多いせいか、よくわからない奇声が夜中に頭を突き刺すように聴こえる。日常で突発的な現象というのはひとの感覚の調子を狂わせる結果になる。暮らしを悩ませる風評被害だろう。

 それでも東京に住んで慣れてきたこともあり多少の騒音にはめげないだけの睡眠力を会得した。田舎と都会の時間の流れは人の歩行速度で大きく左右させるものだと感じた。優劣がついているような気さえする。

 社会の流れからはずれて休息をとってしまうと、その速度についていけなくなる。

 改は歩道を歩いていると社会人や主婦の忙しい日常の流れにのれず、まるで異物のように他人に接触してしまう。まるで社会からつま弾きにされたような気分になる。

 そんな考えが頭を巡っているときだった。ひとりの女性と接触した。

「ごめんなさい」

 改にぶつかった女性は困惑しながら頭をさげた。

「おれ、みえる?」

「えっ、ええ、みえますよ。もちろん──」

 するとくすっと笑った。すれ違うとき人の影から現われた女性はとても気さくで美人だった。名前を吹田ふきた 名響なびきという。

 彼女はこれから出勤であった。カチカチのリクルートスーツではなく、オフィスカジュアルな少しラフな恰好だった。

 改と接触してバッグを落としてしまった名響は呆気にとられていた。

「すみません変なこと言って──」

 改は妙なことを口走っていたことに詫びた。

 落ちた荷物を拾うのに腰をおとした。女性も膝をついた。ちらかった私物を改は手渡した。

 相手の女性も申しわけなさそうにおじきをして、「あ、ありがとうございます」といった瞬間とっさに瞳が大きくなったのを感じた。

「どこかでお会いしたことありますか?」

 改は思考を働かせた。過去に出会ったことがある女性だろうか。若くて可愛らしい彼女と出会った覚えはない。

 彼女は純粋きわまりない瞳が訴えかけていた。

 今度は改が困惑していた。その瞳に吸い込まれそうだった。

「あの──」改は柄にもなくうまれてはじめてナンパした。「珈琲でもどうかな、よかったら」

 発言には責任がつきまとうものだ。まちがっていたら謝罪しなければならない。もしくは撤回だ。なぜそんなセリフが自然と口にできたのか、改は発言したあとに内心、後悔の念に苛まれながら自問自答していた。

「いいですよ」

 改は生まれて初めて異質な胸の鼓動を感じていた。

 

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