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現代ドラマ

東京;三鷹ブギウギ(前編)

   

 漆原はヤミ金に金を借りていた。寝室の戸棚の引き出しに入っていた封筒は借用書だった。

「500万円も借りて…」遥翔は疾走しながら借用書の金額が頭に浮かんでいた。

 背後から飛んでくる怒号の声に肝を冷やす。

「おら、待てやー」

 さっきのチンピラ二人組が脛の痛みが和らいで追撃してきた。

 三鷹通りをあちこちと疾走する。いつの間にか駅前までたどり着いていた。

 遥翔の体力も限界を迎えようとしていた。幼児を抱きかかえて走るのは、やはり分が悪い。

「しつけーな、あいつら…」

 商店街の入り組んだ蜘蛛の巣のような道を全力で駆けずりまわる。人間は金のことになると目の色を変えてどこまでも追いかけてくる。いやな生き物であるとあらためて愛想を尽かすも、遥翔は吐き気をおぼえた。

 商店街の小ビルの裏道を細かく切り返し、死角になっている路地に身を隠す。

 息をととのえながら体力を回復させる。娘はにんまりとしていた。まるで楽しそうに。

「鬼ごっこ、しているんじゃ…、ないんだぞ」

 ぜぇぜぇと途絶え途絶えの息で理解を深めようと言葉をこぼす。

「でも、たのしい!」小町は瞳を輝かせていた。

「おまえの親父さんはたいへんなことをしてくれた」

 小町にも理解できたようだ。ちょっとだけ顔色が曇った。「うん、借りたものは返さないと」

「そのとおりだ」息を切らしている遥翔は周囲を警戒しながら愚痴を吐いた。「返済できるのかね、まったく」

“いたぞ”。

 小ビルの入り口で弁当の露店を出している店員が、男たちの気迫に負けて遥翔と小町の存在をバラした。

「若い男がちいさい女の子を抱きかかえて走ってこなかったか!」と恫喝し、その気迫に押し負けた。

「この裏道に入っていった…、そのさきは袋小路だよ」

 店員は何もわるくない。事実を、見たことを、そして把握している立地を話しているだけだった。

「あ~、見つかった、なんてことしやがるあの店員、もう二度とあの露店の弁当かわねぇからな」

 体力の回復もままならないまま、遥翔は小町を抱え疾走を開始した。

「鬼ごっこ、いけぇ、逃げろう!」

 抱きかかえられている幼児は笑っているだけだった。やけにたのしそうだった。

「危機感のないのが子供か、無邪気め」

 三鷹商店街の裏門通りで遥翔は道をまちがえた。行き止まりの袋小路につかまった。走り過ぎて酸欠になりそうだった。

「しまった…」

 追跡者が背後に迫っていた。

「捕らえたぞ、こんにゃろ…」松村もぜぇぜぇと息を途絶え途絶えだった。

 安城も息切れしているが、リーゼントの髪型が崩れていないか気になっているようだった。

「鬼、あっちいけ鬼!」小町だけは元気だった。

「無邪気め」松村は鬼の形相だった。きちっと決まったスーツ姿も乱れていた。疲労も色濃く顔ににじみ出ていた。「その娘よこせ、どうせお兄さんよ、おまえさんには関係はないのはわかっている…、ちょいと言い聞かせてもらえればと思ったまでだからよ」

「この子をどうするつもりだ?」遥翔は身を呈している。あくまで抵抗の意思を崩さない。

「しかたないだろ、父親が借金して逃げたんだから、卑怯かもしれんけど娘を盾にすれば、逃げ込んだ穴倉から出てくるってもんだ」松村の非道さは筋金入りのようだ。

「母親だって愛想尽かして、ひと月前に家出したんだろ。父親が力なかったのはそれも原因だということはわかっている。だからちょっとは待ってやったのに、まさか逃げるとは、人情のない男だ―」

 松村が言ったその瞬間、少女から笑みが消えた。

「あんた…、言わなくていいことをべらべらと…」遥翔は身を盾にして抗う姿勢で構えた。

 小町は静まり返っていた。事実をしらなかったんだ。遥翔は小町の顔の表情で気づいた。本当に旅行に行ってると信じていた。

「それいじょう愚弄するな!」遥翔は虚勢を張る。

 いやらしい笑みをふくむ男二人は小町をさらうために、その一歩を踏みだした。

 一触即発のにらみあい。すると、そのときだった。こう着した均衡をぶち破る声が轟いた。
 
 

≪つづく≫

 

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