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現代ドラマ

彼女の言い分に応えて2(全3話)

   

ハリウッド女優は忙しい仕事のせいで、たまには自由になりたい、という勝手さに斗真を巻き込んだ。

三日後の映画の会見にスピカは呼ばれている。

有名女優が一人で日本の界隈を練り歩くのは無謀だ。きっとファンに気づかれるだろう。

マネージャーやボディーガードは許すはずもなくニューヨークから追跡しているとのことだ。

そして、その気配をタクシードライバーが察知し言った。「後の車がずっとつけてきているような」

斗真は逃走の提案を──

 

 タクシードライバーのおじさんが話しかけてきた。

「それでどうするの? 東京タワーと横浜…、どっち行くの」

 斗真は横浜と叫んだ。

「あっ、おじさん知ってる? この女優さんのこと」

 険しそうな顔をするドライバーだが、どうやらハリウッド女優のことなど知らないようだ。

「オードリー・ヘプバーンなら知っているんだよね、好きなんだよね」と気をよく話していた。

「なぜ、こんなところに」斗真は尋ねた。

 すると、仕事がたいへんで、海外に逃飛行してきたと話す。

 斗真はすぐに思い出した。日本で映画の宣伝のために来日予定だとニュースで報じられていた。アメリカの情報番組でも取り上げていた。

 いつだったか、そうだ、三日後の話だ。

「三日もはやく単身乗り込んできたのか」

 スピカはにっこりと微笑んだ。

 映画のスポンサー会社に企画を持ち込むビジネスをしていた斗真だった。ほかにも数名の仲間と一緒にいたが、一足先に帰国している者、まだ残っている者と企画が締結し、それぞれの役割が終わったタイミングで帰国を許された。

 要するにスピカがいる業界に、斗真もそれほど縁遠くないほどでその存在をほのめかしていた。

 遠目でスピカの姿を目の当たりにしていた斗真だったが、その姿を見たのは数回だけだった。会話などは一度もしたことはない。

 日本人に狙いをつけて尾行してきた。いや、ターゲットにしていたスピカだったが、斗真は頭の中で囁いていた。いまのこの状況がリアルであると。

“この女優はヒロインじゃないか。変装しているから気づけなかったが、リアル逃走者をしたいのか?”。

 来日した完成映画の宣伝をする作品は“お宝を強奪し逃走したのちに最高の時間を楽しむ”というものだった。

 この映画の男の主演男優は、ジャービス・アンタレット、27歳。

 ヒロインは逃走するために頼っていた男がまさかのダメダメ男だった。逃がしてもらうためにお願いをしたのに、女に助けられて手を引かれて逃げている情けない男だった。

 強奪したお宝を現金に換えて、ばらまくように豪遊していた逃走中の時間は笑顔が絶えないものだった。しかし、最後の最後で顔見知りに遭遇し情報を流され通報。待ち伏せされた警官隊の銃弾を無数に浴びて射殺された。

 ヒロインもまたその銃弾の前に倒れたが、男は身を盾にして護りとおした。

 女は愛しているといって息絶えた。男も這いながら女の手を握りしめるまで持ちこたえたが、温もりが消える前に触れることができ、そしてひとつ笑みをこぼしてから息絶えた。

「映画のなかのことをリアルでやる気か…、てか、おれがジャービス? ということは、あれっ、死ぬの?」自問自答している斗真だった。

 小悪魔のように微笑むスピカは、なにを言っているのか、現実でそんなことあるわけない。元々わたしはお金ある、とハリウッド女優らしさがにじみ出ていた。

「なら、おれを追ってきたのはなんのために? なにかあったときすべての罪をおれに着せるためだろう?」といたずらっぽく言ってみた。

 スピカは首を振り、「ノー」と深みのある声のトーンと真剣な眼差しが光っていた。そして、休暇を楽しみたいと言った。

「and、アナタがワタシをエスコートしなさい」

 エスコート? 斗真はこれからハリウッド女優の我がまま休暇を先導することを強要されている。まさかボディーガードでもない自分がそんな大役を任せられるこの流れは明らかに不自然だ。

「おれが?」

「イエス。アナタ、できないの?」目を細めて見据えるスピカだった。

 できないことはないが、一般人の女性とデートするのと勝手がちがう。どうしたらいいのか考えれば考えるほど思考はショートしそうだった。

 その瞬間、口篭もる斗真の態度のせいで、しらけた空気が車内を満たしていた。

「お二人さん、後の車がずっとつけてきているようなのですが…」運転手がおもむろに言った。

「なに?」斗真の首がそっと後方へとまわる。

「振り向かないで!」スピカは突然、すらりと日本語を話すようになった。「あれはほんとうにそうだと思う。ワタシがニューヨークのスタジオから逃げたのを追いかけてきたんだわ。日本の便に乗ったのバレてた。あっちも先手を打った」

「日本語うま、いや、そんなことは今は…、本当につけられているの?」

「そうよ」

「おれたちと同じ便に乗ってきたのか」

「わからない…」

 一般人の斗真には理解しがたい世界に巻き込まれてしまった。

「まいった、ならタクシーはやめだ。運転手さん近くの駅で降ろして、電車なら人ごみにまぎれて撒くことができるかもしれない。さいわい変装してんだし」

「オッケー、グッドアイディア」

「お客さんたちの職業はスパイですかぁー!」バックミラー越しに写ったドライバーのあごがシャクレていた。

 細井ほそい 道大みちひろ。運転席の裏に貼り付けられていた乗務員証には顔写真と名前と会社名が印字されていた。外見は五十歳くらいには見える。

「京急沿線の駅がある、その辺で降ろしてくれますか」

 斗真の自宅がその沿線沿いにある。そのまま逃げ切るつもりだ。追走されているなら、ここで撒くしかない。

 細井は駅前で乗客を降ろした。「ありがとうございましたぁー」

 斗真が金を適当に手渡し細井の言葉を背中で感じながら、追跡者の手を逃れるため駅の改札へと走った。

「まったく、おれは無関係なのに…」

 

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彼女の言い分に応えて 第1話第2話第3話

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