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青春 / 成長

君が笑えば、僕は君とともに笑う。1(全8話)

   

 高校三年の夏、群雲颯哉は付き合って五年の葉山澄麗に結婚を迫られていた。

 数週間後に十八歳の誕生日をむかえようとしていた。澄麗はその日に婚姻を要求している。颯哉はむろん戸惑っている。

 夏休みに入ったら家業のうどん屋の手伝いもある。颯哉は時期尚早であると、新たな夢もできるかもしれないと躊躇い、そして──

 

 高校三年の群雲むらくも 颯哉そうやは進路よりも、夢よりも、淡い恋愛よりも、それ以上に迫られていることがある。

「ぼ、僕と、けっ、結婚?」

 夏休み前に突如、幼なじみで同級生の恋人、葉山はやま 澄麗すみれはいつにも増して温かみのある笑顔で颯哉に迫っていた。

「もうすぐ誕生日でしょ?」

「あ、あぁ…、そうだが…」颯哉は戸惑っていた。

 十八歳になれば颯哉と澄麗は結婚できる。日本の法律ではそうなっているのはたしかだ。誰でもしっている。当然のことだ。ただ恋愛がこうやってはじまっているカップルがいないだけのこと。

 要するに颯哉と澄麗は稀有なことをいえば、まさに運命で引き寄せられた二人である。しかし現代において十八歳と十七歳のカップルで結婚している前例は多いようで少ない。

 現実問題まだ早い。周囲からもそう思われるだろう。

「同級生でもさ、高校卒業後に結婚するカップルなんていないよ、そんなに焦らなくても…」

「なに言ってるの、わたしはもう結婚できる年齢だよ。颯哉くんが誕生日きたらできるんだよ。幸せになれるんだよ」

 結婚が幸せというのは浅はかな夢見がちな女子の発想のように思えてならない。

「ちょっと待て! それって僕の誕生した日に結婚する気なの?」

「なにか問題あるん?」澄麗の純粋な瞳がこれほど無敵に輝いていることに恐れ入る。

 結婚だけがすべてではない。ほかにも人はやるべきことがある。タイミングで夫婦になるというのはわかる。そのタイミングは高校三年の誕生日ではない。

「いや、進路も考えなきゃ…、澄麗にも夢があるだろ?」

「うん、ある。颯哉くんのお嫁さんになること」

 幼なじみの二人は幼稚園のころの約束を果たそうとしている。それとどういうわけか颯哉の言葉がたまに通じないときがある。それは澄麗の本気の愛をぶつけているときだ。

 颯哉は心の中で叫びつづけていた。“どうしたらいいんだぁー! まだ早いだろ!”

 どこにでもいる高校生だ。中学、高校とサッカー部に入っていたが、万年補欠で期待は望めなかった。それでも二年になったときにはじめてレギュラーになった。トップ下のミッドフィルダーだ。もっともド田舎の人数ではもともとが少ないこともあり、空いているから抜擢されただけのレギュラーだった。実力が伴ってというわけではない。

 大人しい性格でもある颯哉の闘争心は小競り合うスポーツにはむいていなかった。そしてその性格が仇となる事態が起きた。

 春の選抜大会一回戦で悲劇が起きた。

 相手選手のスライディングが颯哉の足首に衝突。スパイクの裏で思いっきり突かれ骨にひびがはいった。サッカー生命が潰えたことになる。脚力が弱まってしまった。

 もうサッカーは高校のうちは無理だろうとの診断だ。

 医者がいうには一年は激しい運動はやめること、慢性的な痛みとこの先、付き合わないとならないと脅したのだ。

 颯哉はサッカー部を辞めざるをえなかった。べつにかっこ悪いわけではない。澄麗がいなければ、ほかに彼女ができていると思う。隠れファンも意外といると噂されていた。だが引っ込み思案なところもあり、そこまで深く友人関係も広くはない。決まった友人とばかり一緒に時間を過ごしていた。

 澄麗は愛想もよくとても女子の友人が多かった。人とのつながりなんて簡単なものだ。心の扉の厚みをどう開くか、それはその人の無垢なる笑顔で十分こじ開ける。

 颯哉にはそこまで親しみのこめられる笑顔を振る舞うことはできなかった。

「結納ってしっている?」澄麗が颯哉に初めて言った言葉だ。いつだって唐突なのが、澄麗だ。突飛な問いは颯哉の想像の域を超越しているものばかりだった。そして颯哉はその問いにはいつも白紙で提出してしまう。

「えっ? なに、納豆?」

「ちがうでしょ」

 幼少の頃、約束した二人の誓いが走りはじめた瞬間だった。どうしても颯哉は問題をはぐらかしたい。

 男の方が忘れっぽい。だが女は幼少の頃のことをいつまでもおぼえている。

 結婚の二文字の意味を理解して返答したわけではないが、颯哉は幼き頃の澄麗の問いにいつも即答していた。

 いまはただ口篭もるだけだった。

 高校三年の夏、青い空がめいっぱいひろがっている。雲も薄い霧状が走っているだけだった。

 ここ最近の天候は晴れ晴れとしている。それなのに颯哉の心はドシャ降りのゲリラ豪雨のように荒れていた。今まさに窮地に陥っている。進路よりも、青春期の真っただ中というよりも、二人の愛についてどうするか、その岐路に立たされ気を休めることもできず困惑していた。

「期末テストが終わったら、もう少し深く考えよ」澄麗は猫のような顔で颯哉を見つめていた。

 その瞳には颯哉との未来の家庭像が映っていた。

 気温は高く汗ばむ身体が彼女の白い制服にうっすらと張りつかせていた。いつのまにか彼女の胸のふくらみがふたつ、強調されるように男心の欲という精神をくすぐるくらい膨らんでいた。

 幼い頃の彼女ととなりでずっと見続けていたが気づかなかった。だからというわけではない。互いに成長期になったころから羞恥心がこみあげるようになった。彼女の身体をまともに見られなくなった。

 腹の底から熱くこみあげる衝動に颯哉は打ち震えた。

 颯哉は額に汗が流れて首筋まで垂れていた。喉のあたりを両手で絞められているような気分になっていた。言葉がなにひとつとして出てこない。

『彼女に、何をつたえればいいんだ…』

 結婚についてもっと深く考える夏がはじまろうとしていた。そんな難問を十七歳の颯哉は立ち向かうのだ。まるで東京大学受験をするように方程式を解こうとしている。だがそんな方程式をみたこともない。答えなど一生かけてもみつかりそうもない。そんな気分さえしていた。

 そう思った瞬間から、颯哉の顔から笑顔が消えた。

 

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君が笑えば、僕は君とともに笑う。 第1話第2話第3話

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