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歴史 / 時代

刀行く道4

   

 雅巳は着流しになると、台所を覗いた。凜が味噌汁をよそっていた。
「手伝うよ」
「いいですよ。居間で待っていてください」
 雅巳は、頭を掻いた。
「どうもなあ。ここで、客人扱いと言うのは居心地が悪い」
「なら、旅立ったらどうですか? 盛岡に急がなくてもいいんですか?」
 彼は、少しだけ言葉を濁らした。
「急いでも、誰も待っとらんよ」
 凜が、きょとんとした。
「用事があるんでしょ?」
「何もないよ」
 雅巳が、凜の持つ皿からおむすびを取って食べた。
「うん、美味いのお。お主は、握り飯を作るんも上手いの。味噌汁も頼む」
 彼は、はぐらかすようにして、台所から出ていった。後には、首を傾げる少女が残された。
 明日には、診療所を出ていく約束だ。雅巳の中にある複雑な状況や迷いの感情を知る者はまだいない。
 彼は、孤独だった。盛岡に行かねばならない、行くしかないと頭では解っていながらも、その先に待つ宿命が怖かった。雅巳の心の中に巣くう恐怖が、彼を診療所に留まらせた。それが、女である雫に頭を下げる事や、少女である凜に侮辱される事も、問題とは思わせなかったのだ。
(わしは、何をやっとるのじゃ)
 改めて考えてみれば、志士とかけ離れた酷く惨めな自分がそこに居た。
 部屋に籠もった雅巳を、凜が訪ねた。落ち込んだ姿を悟られまいと、雅巳は咳払いをしてから背筋を伸ばした。
「あの、あたしから雫様にお願いしましょうか?」
 心配げな凜に向かって、雅巳は笑った。
「何を言っておるのじゃ?」
「だって、行くとこないんでしょ?」
 凜は、まだ無垢な少女なのだ。
 彼は再び、顔を隠すようにして笑った。嬉しかったのだが、それも悟られまいとした。
「案ずるな。明日には、出て行くよ」
(こんな少女にまで……。本当に、わしは何をしとるんじゃ)
 雅巳は、凜の頭をボサボサに逆立つまで撫で回した。凜が、怒って悲鳴を上げたのは言うまでもない。
 丁度、昼餉の後の出来事だった。
 診療所の前で、慌ただしく荷車が止まった。一人の少女が、血相を変えて診療所に飛び込んできた。
「兄上が!」
 少女は泣き叫び、兄上が! 兄上が! と必死に繰り返した。
「お梅ちゃんだ」
 居間に膳を残したまま、首を傾げながら凜が立った。
「お凜ちゃん! 高島先生は?」
 梅は凜より、少しだけ年下のように見える。その少女が、顔や手に血糊を付けてぜえぜえと息を切らせて叫ぶが、肝心の凜から返事が出ない。梅の姿を見た凜は、驚き固まってしまったのだ。
 梅の一方通行の問い掛けに、雅巳はただ事ではないと感じ、凜の後に着いて出た。
「梅と聞いたが、どうしたんじゃ?」
 凜の代わりに、雅巳が言った。梅は雅巳に対しての疑問を持つ暇もなく、凜から彼に縋り付いた。
「兄上が! 兄上が死んでしまう」
「お主の兄上はどこじゃ?」
 梅は、雅巳の袖を握って走り出した。
 診療所の門を出て直ぐ。大きな男が荷車の上で、横たわりながら唸っていた。汚れた布で肩から腕を抑えてはいるが、その布は血液で真っ赤に染まっていた。
「どうしたんじゃ?」
「今朝採れた野菜を運ぼうとしたら、いきなり刀を持った男が斬りつけてきて。兄上が鍬で抵抗して、男は逃げたけど。でも、兄上は怪我をして」
「今、雫さんは留守じゃ」
 雅巳の言葉に、梅は泣き崩れた。
「雫様を呼んできます!」
 我に返った凜は、雅巳が呼ぶ声も聞かずに、一人飛び出していった。
「其れじゃ、間に合わんよ」
 余計な事を呟くから、更に梅は号泣した。
「泣くな! わしが、なんとかしてやるから」
 梅は、藁にも縋る思いで頷いた。

 

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