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ホラー / 怪奇 / 恐怖

妖食フルコース <グラニテ>

   

「そうだったんですか。これは光栄です」
 美容業界のカリスマから愛読してもらえるのだから、私の仕事も捨てたものではないらしい。顔に熱が集まったように感じるのは、ワインのせいだけではないようだった。
「紙面構成もいいし、記事のジャンルもバランス良く選ばれていて読みやすいわ。大写しの写真ばかりなのが、最初はちょっと気になったけれど、きっと御年配のかたへの配慮なのね」
「ええ、読者アンケートなどを見ますと、60代以上のかたも少なくないようで」
「そう言えば、またアレやってるんだって? 佐久間くんが始めた、グルメ探訪みたいなコーナー。美食紀行、だっけ」
「それなんですけどね、今回から『思い出のひと皿』っていうタイトルにしたんですよ。また宮田さんにも、一本お願いします」
 宮田がシャーベットをちびちびやりながら、懐かしいタイトルを出す。私はグラスから立ち上ってくるシャーベットの香りを楽しみながら、ギャルソン嬢からの説明を受けた。
 なんとこのシャーベットは、葡萄でもラズベリーでもなく、黒薔薇の酒を使っているのだという。口に含むたびに、味よりも香りのほうが勝って、あまり花と縁のない私には、気恥しくなるほど洒落ていた。
「僕もいいけど、梅澤先生もお歳の分だけ食べてるから、いい話が聞けると思うよ」
「ああ、そうですよね。先生、ぜひお願いします」
「イヤイヤ、どうですか」
「そうおっしゃらずに。懐石の隠れた名店などありましたら、是非、お聞かせ願えませんでしょうか」
「では、ひとつ考えておきましょう」
 これも男のさがなのか、いつのまにか仕事の話になってしまう。さやか嬢がつまらなそうな顔になる寸前、私は慌てて自己紹介の続きに戻った。
「えーと、編集長と言っても、企画もやれば取材にも行きますし、締め切り間際になれば写真のアタリも取るという、言わば何でも屋です。これでも昔は……いや、今もですが、ルポライターみたいなこともやってみたいと思っています」
「ふぅん、ルポライターさん」
「社会問題を独自の視点から掘り下げてですね、経済誌かなんかに連載させてもらって、いつか本にまとめることができればと……そんな夢を持っているんですが」
 イマドキの若い女の子に、こんな話にはつまらないだろうと思いつつ、さやか嬢の様子をうかがう。予想に反して、さやか嬢はシャーベットを口に運びながら、大人しく続きを待っていた。
「それはやはりあれかね、昨今問題になっとる経済問題かね」
 冷たいものは歯にしみるのか、黒薔薇のシャーベットを少々持て余し気味にしながら、梅澤画伯が問う。私はウォーター・グラスの冷水で口をすっきりさせてから、言葉を継いだ。
「そうですね……どちらかと言うと、医療問題になりますかね」
「ほう、医療」
「ええ、介護や鬱病の問題などを。母が養護施設で世話になっていますし、実は連れ合いの兄が重度の鬱病でして……介護もメンタルヘルスも、掘り下げてみたい点がたくさんあります」
「佐久間くん、これも何かの縁だよ。実は梅澤先生はね、もと精神科医なんだ」
「そうだったんですか!」
「定年まで研究医をやっとりましてな」
「今度、是非、そちらのほうでもお話を」
 今でこそ楽隠居の身であっても、長らく現場に携わってきた医師の言葉には、こちらが思う以上の重みがあるに違いない。
「ねえ、佐久間さん」
 グラニテのスプーンを置いて、百合子女史がまた、こちらに目を向けてきた。化粧上手な、あまりに艶めいた目もとに、一瞬ギクリとなる。こういうのを「蟲惑」と言うのだろうか。見つめていると、その双眸に吸いこまれてしまいそうだった。

 

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