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ホラー / 怪奇 / 恐怖

妖食フルコース デジュネ <ポタージュ>

   

 駐車場を兼ねた前庭に、立派な木々や季節の花々を寄せ植えした中庭、枝垂れ桜と角野さんが丹精した菜園やハーブ園がある裏庭。あれだけの庭をすっかり薔薇園に変えてしまったのなら、多少は重機だって入っただろうに、工事らしい音なんてこれっぽっちも聞こえなかった。
 でもまあ、ここは不思議なことの多いレストランだから、驚くには値しない。何が起こってもいいのだ、この空間では。
「すみれさんって、そんなに薔薇が好きなんだ」
「そうね、手をかけるほどに美しくなるところが、すみれの性格に合うのかもしれないわね」
「薔薇って言うと……僕はなんとなく、エレーヌのイメージだな。百合子さんたちは、そのゆかしい名前そのままのイメージで」
「花の女王に例えてもらえるなんて、さすがはエレーヌだわ」
 羨ましいというより、感心したような口ぶりで百合子さんが言う。フラワーアレンジメントの心得があるのだろう、百合子さんは切り取ってきた何種類もの薔薇を手際良く分け、色やかたちのバランスを考えなら見立てを始めた。
「テーブルとチェストに置くつもりだったけれど、薔薇でお出迎えできるように、ひとつはウェイティングに置こうかしら」
「そうだね、そっちの小さいほうの花瓶に活けて、レセプション・カウンターにでも」
「では、宮田さんのアドバイスに従って」
 百合子さんは軽く腕まくりをして剪定鋏を持つと、青々と茂った葉と小さな棘を、丁寧に落とし始めた。まさか棘まで切るとは思わなかったから、僕はちょっとびっくりした。
「一流のおもてなしって、すごく手間の掛かることなんだね。誰もさわったりなんかしないのに、棘まで切るんだ。僕は今まで、そういうことには無頓着だったな……食の空間というものに、もっと敬意を払うべきだった」
「おもてなしは、受けて下さるかたがいて初めて成り立つものよ。宮田さんは、いつも、どんなものでも、とても美味しそうに食べて下さったわ。だからすみれも角野さんも、ソワニエとして歓迎していたんじゃないかしら」
「そうだね。今だって、申し訳ないくらい、良くしてもらっているんだ。今日のデジュネ、僕の分まで用意してくれるんだって」
「フフッ、角野さんらしいわ」
「うん。小体だけど、ここは本当にいいレストランだよね。料理もスタッフも、何もかも」
 少数精鋭で切り回しているのと、角野さんが気難しいほどのこだわり派であることから、この店はかなりこぢんまりとした造りになっていた。
 ダイニングは5テーブル16席、カウンターはなし。
 ウェイティングルームは独立した部屋じゃないから玄関ホールの延長と言ったほうが正しくて、アンティークの長椅子が何脚か並べてある。さやかちゃんお気に入りの青ビロードの長椅子に座ると、高橋の奥さんが開店祝いに贈ったという複製名画を、じっくりと眺めることができるのだった。
「そういえば」
 パチン、パチンと、剪定鋏の小気味良い音が響く。
 それを見つめながら、僕はさっきの、角野さんとの「朝のティータイム」で聞いた話を出してみた。
「今日のデジュネ、百合子さんの主催なんだってね。でも、準備を手伝うにしても、ずいぶん早いじゃない。こんな時間じゃ、さやかちゃんなんか、まだベッドのなかだろうに」
「ええ、あの子はいつも、7時までぐっすりよ」
 さやかちゃんの天使のような寝顔を思い出しているのか、まさにさやかちゃんの頬のような色の薔薇を見つめながら、百合子さんがふわりと微笑む。彼女たちは、手元で養うと決めた若い子たちを、愛情を込めて大切に扱うから偉かった。衣食住を完璧に整えて、礼儀作法を仕込んで、どこへ出しても恥ずかしくない教養を身につけさせて。
 だからこそ、いつだったか、さやかちゃんが業界内のゴタゴタに巻き込まれて顔に大火傷を負ったときなんか、本当に大変だったらしい。百合子さんは狂ったように犯人探しをして、相手に情け容赦のない「仕返し」をしてやったんだとか。すみれさんが真顔でそう言ったんだから、相当なものだったに違いない。

 

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